「2025年問題」という言葉を聞いたことがおありでしょうか。
団塊の世代の全員が75歳以上になる2025年に、日本は社会的・経済的な課題に直面すると言われています。これが2025年問題です。
では、2025年になると突然、これまでにない不都合なことが起きるのでしょうか。
正直に言うと、そんなことはありません。
しかしながら、課題は既にじわじわと足元に迫っています。
この記事では「2025年問題」=「超高齢化社会」という一般論に留まらず、「2025年問題」へのこれまでの取り組みの経緯、現在の課題について具体的なイメージを持っていただくと共に、課題の根本解決がそもそも可能なのか、具体的に成果を上げつつある自治体の事例を交えて深く掘り下げてみたいと思います。
目次
【1.「2025年問題」へのこれまでの取り組み】
「2025年問題」というのはそもそも誰が言い出したのでしょうか。Wikipediaを見てもコトバンクを見ても「2025年問題」という言葉の語源は書いてありません。
学者・官僚などの政策立案者、医療・福祉関係者が、団塊の世代が後期高齢者75歳以上となるタイミングでの社会的影響を議論する中で出てきた言葉であるようです。
一般の人は、2025年に何か突然天変地異のようなことが起きるとは考えていません。
これは、官僚などの政策立案者側が考えた”コンセプトワード”です。
(1)厚生労働省が考えた「2025年問題」
まず、厚生労働省は団塊の世代が2025年に75歳以上になるこの年を、どのように捉えていたのでしょうか。
2006年(平成18年)の段階で厚生労働省は「今後の高齢化の進展〜2025年の超高齢社会像〜」という文書を提出しています。
では、この19年前の厚生労働省の予測と実態はどのようになっているのでしょうか?
「1.高齢者人口の推移」
出典:厚生労働省「今後の高齢化の進展 ~2025年の超高齢社会像~」 P1
2006年(平成18年)の段階で、厚生労働省は、「その10年後(平成37(2025)年)には高齢者人口は(約3,500万人)に達する」と推計しています。75歳以上の後期高齢者人口は約2,180万人で、総人口の約18%を占めると推計しました。
では、19年前の予測はあたったでしょうか。内閣府のHPによれば2023年には、65歳以上人口は、3,623万人。75歳以上人口は2,008万人で、総人口に占める割合は16.1%でした。予想よりも高齢者人口は増えています。
「2.認知症高齢者数の見通し」
2006年(平成18年)の段階で、厚生労働省は、「認知症高齢者数は、平成14(2002)年現在約150万人であるが、2025年には約320万人になる」と推計していました。この323万人というのは誰かが注意して見ていれば自立できる程度の軽度の認知症の人を含めた数字です。
出典:厚生労働省「今後の高齢化の進展 ~2025年の超高齢社会像~」 P2
では19年後、2025年にどうなるのか。内閣府のHPによれば、認知症患者は471万人と予想以上に増えることが2024年に推計されました。これに加えてMCIという軽度認知障害の有病率の方が564万人です。認知症患者とMCIの高齢者の数を合わせておよそ1000万人という驚くべき数字になっています。
出典:内閣府「令和6年版高齢社会白書」2 健康・福祉(PDF形式:1,766KB)オ 認知症高齢者数等の推計
「3.地域間格差」
2006年(平成18年)の段階で、厚生労働省は、[ 今後急速に高齢化が進むと見込まれるのは、首都圏をはじめとする「都市部」である。今後、高齢者の「住まい」の問題等、従来と異なる問題が顕在化すると見込まれる。]と予想しました。
出典:厚生労働省「今後の高齢化の進展 ~2025年の超高齢社会像~」 P5
では、約20年後の2023年にどうなったのでしょうか。同じ上位5県と下位5県の65歳以上の人口を比べてみました。
県名 | 2023年の65歳以上人口(万人) |
---|---|
埼玉県 | 201.2 |
東京都 | 320.5 |
神奈川県 | 239.0 |
千葉県 | 175.6 |
大阪府 | 242.4 |
秋田県 | 35.7 |
山形県 | 36.1 |
徳島県 | 24.6 |
鳥取県 | 17.9 |
島根県 | 22.7 |
地方都市が、2005年段階の予想とほぼ近いのに比べて、都市部の高齢者数の増加率は顕著です。予想以上に、都市部に高齢者が集中していることがわかります。
以上のように、厚生労働省は2005年の段階で、団塊の世代が75歳になる2025年には、医療介護サービスの需要が大幅に増加し、社会保障財源が逼迫するという警鐘を鳴らしました。
結果は、予想どおりに高齢化は進行しており、認知症高齢者が増加し、さらには都市部に高齢者が集中するという事態が起きています。
(2)内閣府が考えた「2025年問題」への展望
では、厚生労働省だけが、個別に動いていただけなのでしょうか。
政府も、大きな日本の人口変化を認識しており、平成19年(2007年)に高齢化社会を見据えて「イノベーション25」という長期戦略指針を定めています。
「イノベーション25戦略会議」では、当時の慶應義塾大学学長や東大総長、経団連の会長などが集まって様々な提言がなされました。
この会議では日本が直面する大きなトレンドとして、以下の3つをあげています。
「1.日本の人口減少・高齢化の急速な進展」
2025年までに約1,350万人が減少する見込みである。
65歳以上の高齢者1人に対する生産年齢人口(15歳から64歳までの人口)は2005年には3.3人であったが、2025年にはその比率がおよそ1:2になると予測されている。
「2.知識社会・情報化社会及びグローバル化の爆発的進展」
世界中の消費者が外国の商品やサービス(医療や教育も含む)に容易にアクセスできるため、供給者側には常に「世界を知る」消費者を念頭においた行動が求められている。これからのグローバル化のもう1つの大きな特徴は知識・頭脳をめぐる世界大競争である。
「3.地球の持続可能性を脅かす課題の増大」
- 世界の人口は今後も爆発的な増加を続け、2025年には約80億人に到達する見込みである。
- 世界人口の増加に伴い、資源・エネルギー需要が急激に増加することが予想される。特に、今後高い経済成長が見込まれるアジア地域においてこの問題は顕著である。
- エネルギー消費の多くが現在のように化石燃料系資源で賄われるとすると、その増加は温室効果ガスの放出量増加に直結することとなる。
「日本のような人口減少国家が、これらの3つの大きなトレンドに対応し、経済発展を続けるための手段は生産性の向上であり、その源泉は、世界を視野に入れたイノベーションであり、そのためには個人の働き方、組織の体制、各種制度等に関し従来のやり方にとらわれることなく、新たな考え方に立脚することが必要である」と結論づけています。
報告書は内閣府のホームページで公開されており、第1章から第6章まであります。
上の文節でイノベーション25にリンクをつけていますのでご興味がございましたら一度お読みください。
理想が高く立派な内容です。これが全て実行に移されていたら、日本の現在の状況もかなり変わっていただろうなと思う内容です。
同じページに「20のイノベーション代表例」というものが掲載されています。
例えば、医療健康に関わる3つのイノベーションの事例を見ると、
「例2.高齢者でも丈夫な身体、認知症も激減」として認知症を克服するイノベーションが期待されていることがわかります。
残念ながら2025年の現在、これはまだ実現できていません。
ただ、この「20のイノベーション代表例」は夢物語ばかりではありません。現実にかなり近くなっているものはいくつかあります。
以下6つの例は既に実現しています。
例7.ヘッドホンひとつであらゆる国の人とコミュニケーション
例10.世界中どこでも財布を持たずに生活OK-キャッシュレス・ワールド-
例11.折りたたみ式ディスプレイ
例13.頼れる仲間、製造現場の頭脳ロボット
例14.センサネットワークで守る子供の安全
例15.衝突できない車
ですので、いつになるかはわかりませんが「高齢者でも丈夫な体、認知症も激減」というのは、実現可能になると思います。
(3)経団連が提案する「2025年問題」への展望
ここまでは、官僚や内閣政府から見た「2025年問題」でした。
内閣府からの提言は「イノベーション」という理想論に終始した感が否めず、具体的な改革案というものには落とすことができませんでした。その後、コロナ禍がやってきます。
経済界から見れば、生産労働人口は減っており、かつITやデジタルに強い人材の不足はますます深刻になっています。このまま放置すると日本企業の生産性が落ち、国際競争力が低下してしまいます。
業を煮やした経団連が、2024年になって税制改革の提言で、社会保障の改革ということに触れています。ある意味では分野外の経団連まで、社会保障財源や政策について提言を行い始めたのです。
税制改革の提言を行ったのが令和7年(2025年)なので、「2025年問題」という言葉は使っていません。
内閣府の提言とは異なり、現実の制度を具体的にどのように変更・改善するべきかということについて、実に事細かく提言を行っています。
その提言の中の第3章「分厚い中間層の形成に向けた税制」の中で「全世代型社会保障の構築に向けた税・社会保障の一体改革」を提案しています。
経団連が指摘しているのは、社会保障の財源については、社会保険料への依存が大きく、現役世代に負担が偏る構造となっている点です。
社会保障制度(医療、介護、年金、少子化対策)は、国民の安心や生活の安定を支えるセーフティーネットです。
給付の伸びを適切に抑制するとともに、安定的な財源の確保を進めるなど、税・社会保障一体で改革を推進していく必要を経団連は提言しています。
出典:財務省「諸外国における国民負担率(対国民所得比)の内訳の比較」
財務省が示したこのグラフを見ると、給与の中から、社会保険料、税金等を全て合わせると日本の国民負担率は約50%に上ります。
歴史教科書で見た江戸時代の「五公五民」とほぼ同じなわけですが、日本よりもはるかに大きな負担をしている国がたくさんあることも驚きです。消費税が高い北欧EC諸国です。
どういったレベルのセーフティネットを整備するために、どれぐらいのコストをかけるべきなのかという議論が必要になるでしょう。
(4)結局、誰にとっての問題か
このように見てくると、「2025年問題」を最初に提起したのは官僚です。
国民の税金には限りがあり、医療介護福祉などのコストが膨張していくことは目に見えていたからです。
しかし、経団連までが、「提言」という形で口を出さざるを得なくなったのは、医療・介護のような社会保障問題が、働く人の給与面や労働時間という面に非常に大きな影響をもたらしているからです。
家族の介護という問題に直面している働き盛りの年代の人の数は正確な推計はありません。しかし、核家族化が進み、高齢者の一人暮らしが増える中で、想像以上の数に上ると予想されています。
医療介護福祉というのは社会においてはセーフティーネットとしての大事な役割があります。
公的な医療介護福祉サービスの質が低下するということは、働き盛りの人の生活にも直結する問題と言えます。
「2025年問題」のしわ寄せを最も受けているのは、今現在、必要な社会福祉、医療や介護などの支援サービスを受けたくても十分に受けられない制度利用者とその家族の方々と言えるでしょう。
また、介護福祉や医療現場でサービスを提供する現場の方々にとっても、医療介護福祉給付の伸びを抑制することは、自らの生活に直結する切実な問題です。
今、元気に週3日程働いて健康に暮らしておられるご高齢の方も、旅行に行って楽しんでおられる高齢者の方も、いつ介護サービスのお世話になるかわかりません。
「2025年問題」は、官僚や政治の問題ではなく、一人一人の人生、特に老後に直結する身近な問題です。
そして早くから問題が指摘されていたにもかかわらず、十分な議論がなされないまま放置されてきた課題なのです。
【2.2025年:既に顕在化している課題】
では「2025年問題」は、社会のどのような方面・業界に影響を及ぼしているのでしょうか。
「2025年問題」は、冒頭で言及したように、既に現実のものとなっています。
(1)人材不足
団塊の世代が一気に引退して、今やどこでも「人手不足」ですが、最新の実態はどうなっているのでしょうか。
出典:厚生労働省|労働経済動向調査(令和6年8月)の概況 P6
正社員の不足が顕著なのは4つの業界です。
休みが取りにくいという労働環境であることが多いため、採用難というのはどの業界でも共通しています。同様に、専門人材がいないため、IT化やDX化が遅れておりアナログ慣習が残っているというのも共通した特徴と言えそうです。
4つの業界を順番に見ていきます。
「1.介護」
介護現場の人手不足は深刻です。
出典:厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」
介護サービス見込み量等に基づき、都道府県が推計した介護職員の必要数を見ると2025年度には約243万人(+約32万人(5.3万人/年))、2040年度には約280万人(+約69万人(3.3万人/年))と推計しています。
ただし、これは2021年での推計値で、現在のままのやり方を続けた場合のケースです。
介護サービスは被介護者に対し、切れ目ない支援が必要となります。これだけ人手不足が叫ばれている介護業界で、例えば拘束時間の長いケアマネジャーの更新研修は義務化されており、そのようなスキルアップに繋がる場面に参加するための現場における代わりの人材についての議論は現場に押し付けられたままです。
ケアプランデータ連携システムのようにITの力を利用した業務効率化を支援する取り組みはありますが、現場の努力なしにはそのような仕組みを使ってのルーティンの改善も難しく、なかなか介護現場への導入は進んでいません。
介護現場は常に多忙であり、ルーティンを変えるための努力はそのような環境下での自助努力に頼っています。そのため、現状を変えようと決意するのも行動するのも難しいのが現状だと思われます。
人手不足の緩和に向けて、今の制度を変える等で介護現場を支援できることはまだたくさんあると思います。
また、介護業界の人手不足は、総務や人事管理という間接業務を行う人材を採用することが難しい事業所が多い為、働き方のルールが整備されていないというということにも原因があると考えられます。
しかし、その点において最も根本的な問題は、間接業務を行うだけの原資を介護事業所が介護保険収入だけに依存している限りは、安定雇用することが難しいことです。介護保険外収入でどのように介護事業所の経営を安定させることができるか、介護事業の経営側にも努力が求められています。
「2.建設」
建設業も人手不足が慢性化しています。
この業界で顕著なのは、男女比と年齢の極端な偏りです。
年齢階級別の就労状況は、2023年の総務省『労働力調査』によると、男性の就労者数が395万人に対し、女性就労者は88万人。
男性就労者を年齢別に見ると65歳以上が68万人と全男性の17%を占めているのに対し、10代〜20代の若手層は47万人と全体の12%程度です。
65歳以上のベテラン社員が一度に退職する影響は大きく、技能の伝承ができず人材育成もできません。
もともと建設業界は一人親方の企業も多く、企業規模が小さい会社が多い業界です。
会社を畳む人も多く、建設業の数も減っています。
建設企業が減ると、道路や橋梁、公共施設などのインフラの維持管理が滞る可能性があります。また、災害時の復旧の遅れも懸念されます。再建内容と規模の差を単純比較できかねますが、阪神と東北、能登と非常に大きな災害における復旧のスピードを客観的に見て、既に感じられている方も多いのではないでしょうか?
また、企業数が減ると地方での入札競争が減って、結果的に建設コストが上昇する可能性があります。これにより、公共事業や民間の建設プロジェクトの予算超過、計画中止が増えるでしょう。現実に大阪万博でプロジェクトの予算超過が起きています。原因はこれだけではないかもしれませんが一要因としては考えられるでしょう。
「3.運輸業」
運輸業も人手不足は慢性的です。
この業界も、建設業と似た特徴があります。圧倒的に女性が少なく就業年齢が極端に偏っているのです。
年齢階級別の就労状況は、2015年(平成27年)の総務省『労働力調査』によると、女性のドライバー(貨物、旅客とも)はわずか3%にも満たない状態です。
そして同年の男性就労者を年齢別に見ると55歳以上が全体の23〜24%を占めています。
ただでさえ人手不足だった運輸業界で残業規制が強化され、ドライバー不足に陥った2024年問題は、社会全体に「人手不足」を実感させました。
またこの業界は、若年層の割合が少ないのも特徴です。2015年(平成27年)の段階で、40〜54歳までが45.2%を占めているのに対し、10〜20代は9.1%しかいません。
ですから運輸・輸送業の人手不足はこれからも続きます。
再配達を止めて置き配に切り替えたり、配送ロボットを導入したり、コンビニを集配拠点にしたりと、配達される側も含めて社会全体で仕組みの維持のために「時間通りに持ってきてもらうのが当たり前」というサービスへの期待値を見直す時期かもしれません。
「4.学術研究、専門・技術サービス職」
専門・技術サービスの仕事で、人手不足が顕著になっています。
専門・技術サービス職とは、具体的は、研究開発や、法律、財務及び会計などに関する事務や経営相談、デザイン、写真制作、文芸・芸術作品の創作、経営戦略、獣医学的サービス、土木建築に関する設計やアドバイス、商品検査、計量証明等の仕事です。
専門知識や経験が必要で、創作活動や考える仕事が多く、「正解がない」「納品物や成果が形として見えにくい」類の仕事です。
意外なことにこのような企業のIT化は遅れています。規模を大きくする必要がなく、中小零細企業が多く、さらに従来のやり方でも十分に通用してしまうため、昔ながらのやり方をしている事務所は多いのです。
個々に経験やスキルが必要な仕事ですが、これらの一部は、いずれ生成AI等の最新技術でで代替されてゆく可能性もあるかもしれません。
しかし、生成AIでは代替できない仕事は確実に残ります。そういう意味では、今はやりの「リスキリング」が必要とされているのは、まさにこのような業種なのではないでしょうか。
(2)認知症高齢者の増加
過去の厚生労働省が推計した以上に、認知症高齢者が増えています。
出典:内閣府HP「令和6年版高齢社会白書」オ 認知症高齢者数等の推計
再掲したこの図はあくまでも推計値ですが、2025年の段階で、単純に言って65歳以上の高齢者の約6人に1人が認知症高齢者です。軽度認知障害(MCI)を抱える人も含めると、その数は約1,000万人に達する見通しです。
日本の高齢者(65歳以上)の人口は約3600万人と言われていますから、ご高齢の方の3.6人に1人は何らかの認知障害を持っているということになります。
認知症の増加は広範囲な影響を及ぼします。
次項に述べるように医療機関や介護施設等の専門サービスへの需要が増え、社会保障費の増大につながります。
現在でも認知症対応の施設の空きを待っている人は大勢います。空きを待っている間は、認知症高齢者を在宅で介護することになり、家族の介護量の増加に伴う精神的・身体的負担が増えます。介護のために仕事を辞めざるを得ない「介護離職」も深刻な問題になっています。
(3)社会保障費の増大
日本の社会保障の費用は増加の一途を続けてきました。
財務省が作った過去の推移は見事な右肩上がりです。
2025年に団塊の世代が75歳以上となる「2025年問題」に関連し、社会保障費はさらに増加が見込まれています。
出典:厚生労働省 第28回社会保障審議会 今後の社会保障改革について ー2040年を見据えてー P5 社会保障給付費の見通し
厚生労働省の資料によれば、2025年度の社会保障給付費は約140.2兆円から140.6兆円に達し、対GDP比で21.7%から21.8%となると推計されています。
日本の高齢化がピークを迎えると言われる2040年には社会保障費は約180〜190兆円に達し、対GDP比で24%前後となると推計されています。
では、こんな膨大なお金をどのようにまかなっているのでしょうか。
ちなみに2025年度の国家予算は約117兆円と予測されており、そのうち社会保障費は約36〜40兆円になると見込まれています。
これは「国の一般会計」で支出される分のみです。
しかし、これだけでは140兆円に対して全く足りません。
では、残りの約100兆円をどこから手当しているのでしょうか。
年金保険料の特別会計、医療保険料や介護保険料等の社会保険、地方自治体の一般財源や地方交付税からの自治体負担等といった財源を確保して、この膨大な社会保険料をまかなっています。
この内訳が非常に見えづらいのも問題ですが、本来なら年金保険料、医療保険料や介護保険料等の中で賄われるべき費用が足りず、国の一般財源から補填されて回っているのが現実です。
(4)公共サービスの縮小
このように社会保険料が膨張してゆき、しかも毎年かなりの割合で固定化されてゆくと、他の分野に予算を振り向けることができなくなってしまいます。
国レベルの予算で言えば、教育や公共インフラの整備などに使える予算が相対的に減少します。
地方自治体レベルでも、医療・介護関連の支出が増大する中で、公共サービス(図書館、公園、交通インフラなど)への予算配分を減らさざるを得なくなります。
高齢者以外の方も利用している、直ちに命の危険がないような公共サービスが減らされたり、サービスが低下してしまうわけです。一部の自治体ではこういった課題は既に起きています。
【3.「2025年問題」の解決策】
「2025年問題」は、ここまででもほぼ全ての日本人に関係する問題であること、高齢者以外の方にも間接的に影響が及ぶことがお分かりいただけたと思います。
では、この問題に有効な対策や解決策はあるのでしょうか。
(1)「2025年問題」の根本原因
言うまでもなく、2025年の問題の根本原因は、超高齢化です。
日本人の人口に占める高齢者人口の割合が大きく増えたことです。
しかも、単純に高齢者が増えただけではなく、地域による高齢者層と若年層の偏在が問題です。
残念ながら高齢者の人口を急に減らしたり、若返らせたりすることはできません。移住を強制することもできません。
ですから、この超高齢化について即効の解決策はありません。
しかし、この問題に上手く対処するための新たな芽は出てきているように思います。
(2)課題への対策とは
現実に起こっている事に目を向けるとヒントはあります。
例をあげていきましょう。
「1.健康寿命の延びと人々の意識の変化」
高齢者をいきなり若返らせるということは現在の技術では不可能ですが、老化を遅らせることによって、問題の深刻さをかなり和らげることが期待できます。
この資料によれば、1人当たりの医療費は60歳以上から右肩上がりに増え始めます。
そして、一人当たりの介護費用は75歳以上と75歳以下では平均で約10倍の開きがあるという結果になっています。
意図的に75歳以上の介護医療費が高いというように見せているようなグラフではありますが、要するに高齢化そのものが問題ではなく、75歳以上になると医療や介護費用が高くなるということが本当の問題です。75歳以上でも健康でいれば良いわけです。
しかし、老化に関するテクノロジーというのは実は日進月歩の世界です。
高齢化という問題は日本だけの問題ではありません。運動や栄養がどのように老化に影響を及ぼすかは世界的に研究が進んでいます。
単に寿命を延ばすというより、健康寿命を伸ばすことの方が重要であるとの共通認識が世界的に出来上がりつつあります。
そして、日本における健康寿命については、令和元年時点で男性が72.68年、女性が75.38年となっており、それぞれ平成22年と比べて延びています。
ここで言う「健康寿命」とは、国民生活基礎調査(大規模調査)の健康票における「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」という質問に「ない」という回答であれば「健康」とし、「ある」という回答を「不健康」として集計されています。
少し腰痛がひどかったり、耳が遠い等の人も「不健康」と回答している可能性があります。
ですから「不健康」であったとしても、ただちに寝たきり等の深刻な状況であるとは限りません。
実際に令和4年度の65~69歳、70~74歳及び75~79歳の男女の新体力テストの合計点は、男性は微増ですが、女性は伸びています。
そして、日本人の真面目な性格が幸いしてか、65歳以上の人たちの運動への関心は高まり実際に健康寿命は延びています。
こういった健康寿命を延ばすためのテクノロジーやサービス等が発展すれば、75歳以上の高齢者が医療や介護にかかる社会保障費を削減し、問題解決に貢献できる道が開かれます。
一例ですがAI人工知能を使って音声データから認知症の判定を正確に行うアプリが開発されています。現在ベータ版ですが、来年島根県などで導入をテスト的に進めることになっています。
ご存知の通り認知症の発見というのはなかなか厄介な問題です。
本人も気づきにくいし、気づいたとしてもあまり親しい人には言いたくない問題です。
また、認知症の判定というのはテストに慣れた知見を十分に持つ医療の専門家でないと難しいとされてきました。その判定の精度も確実というわけではありませんでした。
これをスマホアプリで、音声データから誰でも簡単に高精度に判定できるようなアプリを開発したということなのです。
実用化に至れば、認知症と通常の物忘れを早期の段階でスクリーニングすることができるようになります。
これは認知症の早期発見という1つの例ですが、こういった健康寿命を延ばすようなアプリやサービスが開発され、実効性が十分なのであれば、予防や維持の対策も一般化し、社会保障費の削減に大きく貢献できます。
「2.働き方改革とリスキリング」
社会保障サービスを受給する側が右肩上がりで増えるのを防ぐためには、高齢者でも働いて社会保障を受ける側から支える側に回ってもらえばよいということになります。
先に述べたように60歳以上の高齢者の体力は昔と比べて上がっており、健康寿命も延びているわけですから働ける人には働いてもらうという判断は理に適っています。
また、働いて社会とのつながりを保つということは、高齢者自身にも精神面で良い影響をもたらします。
そうは言っても、高齢者が若年層と同じように働けるかと言うと、体力面ではかなり個人差があります。
また、若い頃に身につけた技術やスキルがコンピューター化や時代の変化によって通用しなくなってしまったり、制度の変更に知識の更新が追いつかなかったりで働く意欲はあっても働く場所がないという方もおられます。
ここで働き方改革と学び直しが重要になってきます。
正社員としてフルタイムで働くという以外だとしても多様なメニューを準備して、高齢者が健康を維持しながら働きやすいような環境を整えることが大切になってきます。
また新しい技術やスキル、知識を学習してもらうような場所が必要です。
これは高齢者だけの問題ではありません。
高齢者を支える在宅介護をしているご家族に対しても、働き方改革と学び直しは、必要とされています。
今の在宅介護サービスは、基本となる在宅の家族がいるということを前提に設計されています。もしこのままであるのであれば、企業側も雇用者に対してライフステージに対応した多種多様な方法を用意する必要があります。また、雇用される側はその方法を受け入れ、パフォーマンスを落とさないスキルが必要になるでしょう。
現状、介護のために残業ができず、リモートワークができないというだけの理由で職場を離れざるを得ないという人も多いです。しかし、例えば大きい会社で働いているのであれば、就労する会社には様々な業務の人がいますので、スキルさえあればリモートワークが可能な担当に異動することだってできるでしょう。
リモートワークやコアタイム、週休3日制など、柔軟な働き方と、誰もが新しいスキルを身につけるための学び直しの機会が得られることは、これからの超高齢化社会にとって不可欠だと思います。
「3.移民政策の転換」
そうは言っても、今すぐに人手が足りないという業種業界には、海外から人を入れる以外に方法はありません。
主要な先進国の移民の状況を見てみると、日本の移民の数は海外に比べてまだまだ少なく移民を増やす余地は十分にあります。
順位 | 国名 | 移民数(総人口) | 総人口に占める割合 |
---|---|---|---|
1位 | 米国 | 50,632,836人(335,135千人) | 約15.3% |
2位 | ドイツ | 15,762,457人(84,514千人) | 約18.8% |
5位 | イギリス | 9,359,587人(68,122千人) | 13.7% |
7位 | フランス | 8,524,876人(65,926千人) | 12.9% |
9位 | オーストラリア | 7,685,860人(26,967千人) | 約30.1% |
10位 | スペイン | 6,842,202人(47,810千人) | 14.3% |
11位 | イタリア | 6,386,998人(58,997千人) | 10.8% |
総人口は2023年IMF統計
https://www.globalnote.jp/post-1555.html
https://www.globalnote.jp/post-3818.html
資料: GLOBAL NOTE 出典: 国連
これに対し日本は移民者数では24位で、2,770,996人(124,482千人)総人口に占める割合は2.2%です。
今の倍にしても4.4%で、イタリアの半分にも及びません。
ただ、若い方に来てもらって働いてもらうということだけだとやはり数は増えないと思います。
真面目に働いても自分の家族を連れてくることができなければやはり安心して働くこともできません。
もしも移民政策を積極的に行いたいのであれば、長く定着して日本の社会で働いてもらうということを考えた上で、日本語教育を含めた社会になじむための教育や仕事の研修含めて、計画的に移民の数を増やしていくべきだと思います。
社会になじむための教育というとアバウトですが、文化や考え方の違いにも対応が必要です。自国と比較した日本の法律を理解していただくような機会も必要でしょう。例えば、外に置いてあったとしても他人の庭や畑の物を勝手に持っていったら犯罪であるという単純なことからです。また、野鳥を勝手に捕まえて食べることも良くない・禁止の場合があるなど、日本の常識と思われることは世界の常識ではないと考えて知っていただく必要があります。
日本という国の中は実際には単一民族というレベルに近い状態の民族人口比となっています。よって多文化について知らないことが多いのが実態です。また信仰の自由があり、無宗教とはよく言われていますが、実は違います。基本的には神道の多神教といった面が文化の根底にあって、日本人の多くは様々な場所に様々なものがまつられているのを見て育っているので、目線が違っていても良いと思うものはいろんな考え方があるんだなとOKとしてしまいがちです。一神教をみて育ってきた人からみると、経典があってそれにそぐわないものはNGになります。それは信条・信念になっていますので、簡単に変えることなどできません。また、子供の頃の教育からも違いが出ますので、例えば、汚くしたら掃除しましょうといった日本人であれば当たり前の感覚が、外国人にはない場合もあります。列に並ぶことは当たり前ではないかもしれません。食べ物だって外国から来た人には見慣れないものが多く不安でしょう。例えば大根や白菜は東アジアにしかありません。食べ方だってよくわからなければ、口に合わないことも考えられます。食べ物は心に影響をもたらしますので案外無視できない大きな問題です。
移民政策は、争いを避けるための調整が何よりも重要です。受け入れる側の体制だけでなく心の準備も必要となり、さらに生活という面での支援も必要となってくるため簡単な話ではないのです。
「4.マイナカードと医療データの活用」
マイナカードについては、導入に至るまで紆余曲折ありましたが、個人としては健康保険証とマイナカードの紐付けというのは早期に行うべきだと思います。
医療情報データの活用を考えれば、マイナカードのメリットは大きいのではないかと考えています。
医療機関ごとの投薬の重複や投薬の確認、診療の効率化に大きく貢献できるからです。
マイナカード以外にも、医療データを活用して健康寿命を促すサービスというのは増えると思います。民間の保険サービスでは既に始まっています。
保険の契約者がスマートウォッチを着用して毎日運動し、自分の健康データを保険会社と共有してくれたら、契約者本人にポイントバックがあったり、健康保険料が安くなったりというサービスは既に提供されています。
もちろん全て保険会社と契約者同士で、個人情報の開示については同意をした上でのサービスになります。
契約者本人の健康データを活用することで、保険会社もリスクを減らすことができ、契約者に最適なサービスを提供することができます。
契約者側も運動して健康になれば保険料が下がるわけで、前向きに運動に取り組むインセンティブが生まれます。
一口に高齢者と言っても、これからは個々人の差が大きくなってくると思います。
個々人の体力や知力に合わせたこういった民間サービスは、高齢者本人のやる気を引き出し、医療や介護等の社会保険費用を抑制するアイデアだと思います。
「5.地域格差解消と広域経済圏」
高齢者層と若年層の偏在は、地域によって状況が大きく異なります。
三大都市圏では高齢者も多いですが、子供たちも大勢おり、若い人が働いていて人手不足という実感がほとんど湧きません。
しかし、大都市圏からJRで2時間も行くと、明らかにコンビニの数がまばらになり、求人情報を見ても働く場所が少なくなってしまいます。働く場所が少ないと若い人にとっては魅力的に映らないかもしれません。
魅力的な職場がないとなれば、若い人が都市圏に働きに出ざるを得ず、地方の税収は減り、医療や教育など基本的なサービスの維持や老朽化するインフラへの対応も追いつかないという負の循環に陥ってしまいます。
こういった状況をどのように改善したら良いのでしょうか。
一つの成功事例をご紹介します。北海道帯広市を中心とした十勝地区の「広域連携」です。
この取り組みは平成22年(2010年)からスタートしました。
北海道帯広市を中心として「定住自立圏」を作り、都市機能を有する市と近隣町村が相互に地域の役割分担・連携・協力することにより、必要な生活機能を確保し、地方圏への人口定住を促進する政策です。
帯広市の周辺の18市区町村は協定を締結し、「オール十勝」での定住自立圏の形成をめざして、推進体制を構築しています。その後、民間団体や地域の関係者などで「十勝定住自立圏共生ビジョン」を策定し、毎年更新しています。
このビジョンでは、医療・福祉、教育、産業振興、防災、公共交通など、21の具体的な取り組み項目が設定されています。
詳細は帯広市ホームページをご覧ください。
平成27年度(2015年)までの第1期においては、食や農業を核とした「フードバレーとかち」などに取り組み、農業生産の拡大や域外からの事業参入などを図りました。その結果、農協の取扱高や畜産物の輸出額が大幅増加し、十勝圏域における農業関連の企業数も増えました。
また、管内の連携気運が高まり、所管面積では全国最大となる消防広域化の実現や、全市町村による高度で専門的な医療の充実支援などにもつながりました。消防広域化とは具体的に、地区内の6つの消防本部を統合し、単独の町村では難しかった消防職員のキャリアパスの整備を含め、消防体制の基盤維持を図りました。
平成28年度(2016年)からの第2期においては、地域医療体制の充実と災害時の相互支援体制の整備に重点をおいています。
十勝バイオマス産業都市構想に基づくバイオガスプラントの面的な拡大やアウトドアをはじめとする体験・滞在型観光などの取り組みを進め、地域の強みを活かした産業振興や交流人口の拡大などにつなげる構想を打ち出しています。
こうした広域連携の施策が実を結び、十勝地区19市町村のうち、10年前には13あった「消滅可能性自治体」の数は6町にまで減りました。帯広市の総所得金額は2015年から9年間で約20%増加し、1人当たりの所得金額は13%伸びました。
定住自立圏の枠組みは、地域課題について幅広く協議を行う場として、管内市町村を繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしてきています。
このような十勝の成功は、地方の高齢化社会をどうやって活性化するかというヒントを教えてくれます。
広域連携によってそれぞれの地域が担うべき役割を分担すること、地域連携をつなぐ協議の場を設け、官の人材だけでなく、地域外の有識者や民間人が参画することです。
地域外の方が参加することによって、地域の人が当たり前と考えていた土地の魅力というものを再発見できる可能性が高まります。
すでに年金や医療、消防では広域連携というものは自発的に発生しています。介護や医療、消防というインフラ機能を小規模な市区町村だけでは支えきれなくなっているのです。
そういった意味で広域連携の基盤というのは、すでにできているわけです。
こういった広域連携を活性化して、地域課題を解決するのに必要になってくるのは、やはり働き方改革だと思います。
生産年齢人口がそもそも少ない場合、フルタイムで働き1つの役割だけを全うするということではどうしても人手が足りません。
ご高齢の方でも、昼間は農業や漁業をやり、空いた時間だけシルバー人材センターで働いたり、ボランティアをしたりという人は、地域には大勢おられます。
都市部で働くフリーランスの方で、地域企業の応援をしたいという意欲があっても、フルタイムで出勤が必要となると、条件が合わず諦めざるを得ません。
地域の企業側でも、フルタイムにこだわらず副業や兼業、時短勤務は当たり前に受け入れるという発想の転換が必要です。
人手不足の介護業界でも、残業ゼロ、有給休暇が100%確実に取れるという働き方を整えるだけで、採用に成功した介護事業所は地方でいくつもあります。
(3)長期的視点で行うべき改革
このように、高齢者や在宅介護を行う方が、働きやすい社会を作るために、国や広域自治体レベルで制度の再設計は必須であると思います。
「1.広域経済圏の推進」
医療や介護教育など公共インフラなどのサービスは税収がなければ維持できません。これは厳しい現実です。
このままの状態では税収の確保が難しいわけですから、十勝と帯広市を中心にして成功したような広域の経済圏を作り、地域の独自性や日本におけるポジショニングを考えて成長戦略を描き、実行に移してゆくような取り組みが求められます。
特に十勝と帯広市が軌道に乗ったのが、官民の協力、地域の内外の協力といった「地域の課題を話し合って解決できるプラットフォーム」が上手く構築できたことが大きな要因です。
地域の特色を出してどのように産業を活性化させていくか、補助金頼みではなく地域で利益を上げていくという発想が必要です。これは地域の市区町村の中だけではなく、地域外の民間の人のアイデアを入れるべきでしょう。
従来のように政府が中心になって、市町村を合併させていくという形ではなく、地域の中心市が自主的に動き出せるような税制の仕組みを整えるべきだと思います。
事例として出した帯広と十勝の経済圏は約32万5,000人ぐらいです。
それほど大きくない規模で軌道に乗っています。
地域の中で面白い職場や会社ができれば、そこに働く場所ができ若い人が定着していくようになります。
若い人が働けるような場所を地道に作っていく以外に、高齢者と若年労働層とのアンバランスを解決する方法はありません。
「2.従来制度を前提とした労働規制の緩和」
これまで述べてきた広域経済圏や、高齢者や地域の女性が無理なく働ける職場を作るには、働き方改革というのは避けて通ることができません。
現在の賃金のあり方というのは日本の高度成長期に形作られた工場での働き方を基本としたもので、一定の職場に一定の時間いなければ賃金が払われないのが基本になっています。
幸いなことに現在はITやDXによって、時間単位どころか分単位で、どこで何をしているか本当に働いているかを計測することが可能になっています。
働く場所ではなく、目的とする仕事を行ったかどうかという観点で賃金のあり方から見直して欲しいと思います。
社会保険についても同様です。今の年金も健康保険の制度も1960年代から80年代までの間に形が整えられました。日本の経済が右肩上がりに成長し、会社は倒産せず、1つの企業で定年まで勤めることが前提で制度が作られています。
このような前提で、厚生年金や健康保険等の社会保険費は現状、会社が代理徴収をしています。1週間のうち20時間以上特定の会社で働いた場合は、その会社が社会保険料を代理徴収しなければいけません。
企業側は、本来は個人が行うべき社会保険の徴収まで義務を課されているわけです。
このような制度が当たり前に存在しているために、複数の会社で働くという働き方が難しくなっています。
しかし、企業は必ずしも安定的に成長せず、いつ会社が倒産や買収されるかわからないという時代になりました。ですから社会保険についても、アメリカやヨーロッパのように、全ての国民が、直接自分で年金や社会保険を払うという形にしてはどうでしょうか。
マイナンバーという制度が出来れば、誰がどこでいくら稼いでいるかを正確に把握することができるわけですから、各人がそれぞれ必要な社会保険を個人の責任で納付すればいいだけです。
個人としては、面倒くさく負担が増える制度ではあります。しかし、オンラインで納付ができるようにもなるでしょうし、何よりも自分がどこで、どこまで働くのかという自由度は大きく増えます。
在宅介護をしていたり、子育て中の人に対しては自分で働く時間を調整できるということは大きなメリットです。
社会全体の制度の変更だけでなく、働く側にも、発想の転換と自分で自分のキャリアを作ってゆくという意識が必要になります。
しかし、現在の若い人を見ていると、会社への依存度合いが低く、既にそうした意識を十分持っているのではないでしょうか。
むしろ大企業に就職すれば一生安泰という意識で過ごしてきた中高年層の方が、意識を変えるべきなのかもしれません。
【4.まとめ:超高齢化社会における幸福感と生成AI】
2025年の問題について、過去の取り組み経緯と、現在起きている具体的な問題、そして課題の解決策について事例を引用しつつまとめてみました。
社会保険の財源がここまで逼迫しているのですから、健康的なライフスタイルや運動習慣を持っている高齢者に対しては、何らかのプラスのインセンティブをつけても良いと思います。
例えば、60歳、70歳など節目の年で健康診断を義務化し、そこで体力テストで一定の基準をクリアした人に対しては、国がデジタルマネーを配るぐらいのことをやっても良いのではないでしょうか。
もう一つ、厚生労働省のこれまでの課題把握において、人間の「孤独」や精神的な「幸福感」というものについての議論が、あまりなされていなかったのは寂しい限りです。
医療や介護という業界は、人間の終わり方はどうあるべきなのかという課題に向き合わなくてはいけません。
厚生労働省の「2025年問題」においても、物理的な「健康寿命」ということ以外に、精神的に「幸福」な人生の終わり方というものについてもっと議論があっても良かったのではないでしょうか。
2018年にイギリスは、孤独による経済的損失や健康への悪影響を社会的な問題として捉え、孤独問題を省庁横断で対応するために世界で初めて「孤独担当」の大臣職を置きました
今後高齢者の一人暮らしはますます日本でも増加します。亡くなって1週間以上も発見されない孤独死などは、もはや珍しくなくなりました。
かつてのような村落や地域社会を中心にしたコミュニティは、担い手不足のため地方では姿を消しつつあります。都市圏においては、人の入れ替わりが激しいエリアでは、そもそも町内会や自治会などというものが作られていない場所もあります。
心が置き去りになっていて孤独死が増加している可能性はないでしょうか?
また、2025年の問題というと、超高齢化社会と人手不足という話題に終始しがちです。
では、生成AIが搭載された人型ロボットが仮に1台500万で購入できるとしたら、この超高齢化社会で、人手不足に端を発した問題は全て解決するでしょうか?
昔、田中角栄が街頭演説でこんなことを言っていました。
「医療や介護などのサービスは天から降ってくるわけではありません。私達が自らの手で作り上げていかなくてはならないのであります」
SFのような話ではありますが、人型ロボットが目立って現れるのは、実はそれほど遠い未来ではないと思います。ロボットや生成AIと共生する時代に、人の働く場所、働き方、私たちの年金や社会保障はどうあるべきなのでしょうか?高性能ロボットが労働者の「数」を解決したとして、ロボット自体は稼働可能な年数もあるでしょうし、整備無しでは動けませんのでやはり人の力は必要だと思います。そうなれば人間が行う仕事の種類とは…?
すこし先の世界も見通しつつ、生成AIという技術が登場するのを前提に、どこまでのコストをかけてどのような社会保障サービスを期待するのか、人口の偏在という問題をどう解決するのか、社会制度をどうかえてゆくのか、日本という国も日本に住まう我々も再設計する時期に来ていると思います。
上尾 佳子
合同会社ユー・ラボ 代表
WACA上級ウェブ解析士
愛知県出身
バブル期に大手通信企業に入社し、通信システムの法人営業を経験。
1990年代、インターネット検索ビジネスを手がける新規事業部に移り、ポータルサイト運営に関わる。以後20年間一貫して、データを活用したマーケティング支援に携わる
2011年IoTスタートアップに合流、介護福祉用具カタログをデジタル化するアプリをきっかけに介護業界について知見を深め、2014年独立。
家族の遠隔介護をきっかけに、中小企業へのデータ活用したデジタルマーケティング支援を行うかたわら、介護サービス利用者家族という視点で情報発信を行っている。現在介護関係のサービスを運営中。
