介護の仕事には大変というイメージがつきまといますが、「介護を楽しく」というと、どんなことを連想されるでしょうか。

レクリエーションで介護サービス利用者の方を楽しませる、というのが介護業界で働いている方の常識なのではないでしょうか。

この記事ではご紹介する3人の方々は、レクリエーションを介護現場で、簡単に行うという発想ではなく、介護という仕事そのものを楽しんでやっていらっしゃる方々です。

私も介護サービス利用者の家族として、介護業界の方に助けていただきましたが、皆さん献身的な方ばかりで、頭が下がりました。

ここでご紹介する方々3人は、その中でも様々な人生経験を通して独自の視点から「介護を楽しむ」方法を見い出した「人生の達人」のような方ばかりです。

是非、最後までお読みください。

【認知症を演技で受け入れる:介護福祉士の菅原さんのケース】

「菅原直樹さん」は、介護福祉士とは別に、俳優兼演出家という肩書きを持つ非常にクリエイティブな方です。

菅原さんはもともとは東京で平田オリザ氏が主宰する青年団に俳優として所属して舞台で活動されていましたが、俳優業というのはやはり収入が安定しない。

この方はご結婚を機に、2010年から特別養護老人ホームの介護職員として働き始めました。

なぜ介護を仕事に選んだのかと言うと、菅原さんは高校時代に一人暮らしの祖母と同居したご経験があるからだそうです。その祖母は、認知症で幻覚や妄想の症状もあり徘徊をしていました。まだ高校生だった菅原さんは対応に本当に苦慮されたそうです。そのようなご経験から、介護に対して特別な思いをお持ちでした。

元俳優兼演出家という菅原さんにとって、特別養護老人ホームはとても面白い場所だったそうです。

「お年寄りがゆっくりと歩く姿に衝撃を受けました。その背後に人生の字幕を流すだけで、立派な演劇になる」これはまさに演出家ならではの視点です。
認知症の方との対話の中で相手が間違ったことを言われたら、普通の場合は否定して正しいことを教えようとします。

ところが菅原さん、さすが元俳優と言うべきでしょうか、ある日認知症の方に話しかけられた時、俳優になりきってその方の世界を受け入れてみたのです。

この辺りの経緯はこちらのホームページの「OiBokkeShiができるまで」の漫画に詳しく書かれています。
https://oibokkeshi.net/about/

菅原さんは、介護と演劇はとても相性がいいと気付きます。そして『いつかお年寄りと芝居を作ろう』と、考え始めたのがこの頃だそうです。

そして、2年後の2012年に東日本関東大震災をきっかけに岡山に移住。

介護の仕事はどこに行っても就職口があるので、菅原さんは岡山でも特別養護老人ホームに仕事を見つけることができました。

職場では元俳優の経験を活かし、移住1年後、岡山の特別養護老人ホームのクリスマス会で「ガマの油売り」を披露したところ大好評。地域の方や町民劇団からも声がかかるようになりました。

ずっと介護と演劇は相性がいいと思い続けてきた菅原さんは、その活動を広げるために福武教育文化振興財団の文化活動助成に申請して採択されます。

これをきっかけに、地域おこしに熱心な和気町の建具屋さんや商店街の方々と知り合いました。

まずは介護と演劇の相性のよさを追体験してもらおうと、2014年6月8日に『老いと演劇のワークショップ』を初開催

ワークショップでは、演劇の手法を通じて認知症の方を自然に受け止めるコツを伝えます。

この第1回目のワークショップにやってきたのが当時88歳の岡田忠雄さんでした。
岡田さんは一人で、認知症の奥様を自宅で介護していました。

新聞で「演じて認知症を受け入れる」というワークショップのことを知り、張り切ってワークショップ開始の1時間前にやってきたそうです。

ご参加された時の見た目は、よろよろした耳がちょっと遠いおじいさんですから、この方に演劇なんてできるのか、と菅原さんも思ったそうです。
しかし、ワークショップが始まると、人が変わったかのように生き生きと演技を始めたそうです。

実はこの岡田さんもただ者ではなく、昔から芸事が好きで、退職後は映画俳優を目指して数々のオーディションに参加し、今村昌平監督の映画にもエキストラ出演をしたこともあるという経歴の持ち主でした。

この「おかじい」こと岡田さんと菅原さんが組んで立ち上げた劇団が「OiBokkeShi」です。

2015年の第1回公演 徘徊演劇「よみちにひはくれない」から、今年まで27回もの演劇講演実績を重ねています。

「介護はクリエイティブな仕事」

”演じることで認知症を受け入れる”

これは、演劇や演出をしてきた菅原さんだからこその視点かもしれません。

『介護者は、認知症の方が歩んできた人生に寄り添うことで、その人らしい役割を見つける演出家でもある』とおっしゃっています。

演出とか演じるということには正解はありません。
常に何かが正解があってそれに対して動くということが当たり前になっている社会で、こういったことをする機会もほとんどありません。

菅原さんは今でも岡山県で介護の仕事を楽しんで続けておられます。

もちろん、介護と並行して「介護と演劇」というテーマで、全国でワークショップを開催し、演劇活動も続けておられます。

【介護を楽しむ働き方:現役ヘルパー工藤さんのケース】

二人目のケースは訪問介護事業所のマネージャーを務める「工藤さん」です。

この方も、元デザイナーという異色の経歴の持ち主です。

デザインの仕事で深夜から明け方まで仕事をする日々が続き、体調を壊し仕事を辞めざるをえなくなってしまいました。

さてどうしようと思った工藤さんに、お友達からドライバーの仕事をしないかと言われて入ったのが訪問入浴の運転手の仕事でした。

激務に耐えたデザイナーさんから見て介護のドライバーは天国のような仕事に見えたそうです。「これでお金がもらえるのか!」車を運転して、浴槽を運んで、利用者さんや家族とお話をしてたら給料が振り込んでもらえる。

工藤さんは、デザイン業界とのあまりの落差に驚いたそうです。そして、続けるうちに「初任者研修の資格を取ったらできることも増えるし、給料も上がるよ」と言われます。

どうせ介護の仕事をやる以上は介護福祉士まで取ろうと思い立ち、本格的に介護事業所で仕事を始めました。

「介護以外の世界を持つ」

フリーのデザイナーとしての仕事だけですと、どうしても生活が安定しません。これは俳優の菅原さんと同じです。不安定なデザイナーの収入に比べると、介護の仕事は収入が安定しています。

また、デザインという仕事は一人で考えて作る仕事です。仕事中は誰にも相談できず、黙々と頑張るしかありません。頑張った納品物が気にいられなければ叱られることもあり、最悪お金を支払って貰えないこともある。

それに比べて介護は常に人と関わる仕事です。利用者さんのために何ができるか、みんなで考えて話し合う。そして介護では、仕事をして利用者様やご家族に褒められたり、感謝されたりすることが多い。

このように全く異なる分野のデザインという仕事を経験しているからこそ、工藤さんは介護という仕事を楽しめているのではないかと思います。

工藤さんは、今でもデザインの仕事を本業に支障のない範囲で続けています。Tシャツやバッグを作って販売したり、アーティストのCDジャケット制作等をされています。

【笑顔で感謝してくれる嬉しさ:現役ヘルパーYさんのケース】

最後に知り合いの「Yさん」のお話をしようと思います。

この方は誰もが知る大手IT企業の総務でお仕事をされていました。

総務とは言っても、大手IT企業ですから、パソコンやエクセルには習熟された方です。

この方、定年退職した後、思い立って介護事業所のボランティアで参加しました。

そして今では介護事業所にお手伝いに行くのが楽しく張り合いがあると仰っています。

なぜでしょうか。

「何をしても感謝される仕事」

Yさんが介護事業所に来て衝撃を受けたのは、何をしても「ありがとう」と感謝をされたことでした。

お皿を片付けるだけで「ありがとうございます。」

これに対し、大手IT企業の総務で数十年仕事をしていても、「ありがとう」と言葉で感謝されたことは何回あっただろうか。

周りはみんな優秀な人ばかりで「総務なら、この仕事はできて当たり前」という態度だったと言います。

しかし、介護の世界では、物を1つとってあげただけでもありがとうと言われる。

人から直接感謝の言葉を言われるということが、本当に新鮮だったと仰ってました。

ボランティアから始めた介護ですが、今では彼は介護事業所で夜勤の仕事までこなし、欠かすことのできないメンバーになっています。

得意のパワーポイント技術でレクリエーションのコンテンツを考えるのも楽しみだということです。

【まとめ:介護の仕事を楽しむ3人の共通点】

こうやって介護の仕事を楽しんでいる3人を見ると共通点があるように思います。

1つは介護以外の他業界を知っていること。

2つ目は感謝されることが嬉しいということ。

特に「納期厳守」「締め切り前に激務は当然」「こんなの出来て当たり前」と思われているような仕事環境だったIT業界やデザイン業界を経験した人にとって、介護の仕事は些細な事でも感謝してもらえて嬉しい仕事と目に映っています。

そして、3つ目ですが3人とも介護の仕事にとても誇りを持っています。

人を相手にする非常に難しい仕事であると同時に、やりがいがあると思って活動されています。そして、皆さんが口を揃えて「介護の仕事の素晴らしい面をもっと知ってもらいたい」とも仰っています。

今回、ご紹介した3人の方々は、「大変」な介護の世界で働きながら、それぞれに自分の内なる世界を持ち、介護という人助けの仕事を存分に「楽しむ」ことを実現している。

まさに「人生の達人」で、仕事をするならば、こうありたいものだと思わずにはいられませんでした。

※介護保険制度の詳細については各自治体の介護保険制度の担当窓口にお問合せください。

著者プロフィール

上尾 佳子

合同会社ユー・ラボ 代表
WACA上級ウェブ解析士
愛知県出身

バブル期に大手通信企業に入社し、通信システムの法人営業を経験。
1990年代、インターネット検索ビジネスを手がける新規事業部に移り、ポータルサイト運営に関わる。以後20年間一貫して、データを活用したマーケティング支援に携わる
2011年IoTスタートアップに合流、介護福祉用具カタログをデジタル化するアプリをきっかけに介護業界について知見を深め、2014年独立。
家族の遠隔介護をきっかけに、中小企業へのデータ活用したデジタルマーケティング支援を行うかたわら、介護サービス利用者家族という視点で情報発信を行っている。現在介護関係のサービスを運営中。

介護のDX化、ICT化について考えるサイト「介護運営TalkRoom」

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