介護事業所、介護施設の経営改善には様々な手法があります。
- 取れていない加算を取れるようなサービスを展開する
- 利用者様が自費ででもやってみたいようなサービスを提供する
- 稼働率を上げるためにケアマネジャーにアピールをする
身近に思いつくものとすると今あげたような事が思い浮かぶのではないでしょうか?
これらは個々の課題に対してダイレクトに行動すれば、比較的すぐに結果がわかるような手法です。しかし、改善できたとしても別の部分で綻びが出てしまい、一部の改善ができたとしても他の部分で想定外の影響が起こる場合があります。
例えば、人材不足。
急にスタッフを増やせない状況で利用者様だけ増えた場合。
現場の混乱は相当なものになり、負担も半端ではありません。あらわになったその新たな問題に直面した時、すぐに解決できなければ現場は疲弊し更なる人材不足を招く恐れがあります。
新たな手法を取り入れることにはリスクがあります。
しかし、経営改善においては、業務量において経営層の負担が大きく現場の負担が少ない、つまり現場の疲弊を生まない手法もあります。
その一つがブランディングです。
そのブランディングはよく聞く言葉ではありますが、実際に何をしていいのかが分からずイメージがわかないという方も多いと思われます。
【介護業界でのブランディングとは】
辞典で調べると顧客や消費者にとって価値あるブランドを構築するための活動とあります。
ブランディングを行うと、自社と他社の差別化が行え、サービスの機軸をどう作っていくかが明確になります。「○○であれば○○」というような標語が作れれば一流です。
介護業界にとって、お客様は利用者様ですが、サービス提供自体が複雑な制度の上に成り立っているが故に、提供するサービスが利用者様だけに価値があったとしても経営改善に直結するとは言い難いというのが現状です。
そこでまずはブランディングが必要となる、ターゲットたる「顧客や消費者」が誰になるのか考えてみると、以下のようになります。
活動 | 対象 | 評価者 |
---|---|---|
サービス提供(内容) | 利用者様 | 利用者様、利用者様ご家族 |
サービス提供(実行) | 利用者様、従業員(有資格者含む) | ケアマネジャー、主治医、利用者様、利用者様ご家族、従業員、従業員の家族 |
採用 | 就業希望者 | 応募する人、応募する人のご家族、採用した人、採用した人のご家族 |
サービス品質 | 利用者様、従業員(有資格者含む) | 利用者様、利用者様ご家族、同僚、上司、ケアマネジャー |
事業所運営 | 出資者、従業員、利用者様、利用者様ご家族 | 自治体、地域住民、ケアマネジャー、出資者、従業員、従業員の家族、利用者様、利用者様ご家族 |
上記表にある「評価者」という欄をご注目ください。
この評価者こそ、介護のブランディングにおける顧客や消費者に該当します。
様々な人が評価者に居ることがわかります。
もしかしたら思ってもみなかった評価者が居たのではないでしょうか?
ブランディングはこれらの評価者にとって価値あるブランド(事業)を作る活動になります。
特に、社内の評価者を対象にするブランディングは「インナーブランディング」、社外の評価者を対象にするブランディングは「アウターブランディング」と呼ばれて区別されます。
既にこのように個別の言葉があるくらいですので、価値を高めなくてはならないのは対外的なものだけではいけないということがよく分かります。
【ブランディングを行う手順】
先ほどの表をご覧になっただけで何をしたら良いか思い付いた方もいらっしゃると思います。もしも、「だから何?」という状態でしたら、ここで紹介する手順を一先ず試していただければ幸いです。
ブランディングを行うと、今後、一貫した価値を突き通すことになります。つまり時代の変化があったとしても不変の価値の元で活動できなくてはなりません。どんな時代でも通用する不変の価値こそ絶対なのです。
まずは、現状自分たちがどんなことを大事にして、どんな戦力を持っていて何ができるのか、現時点での状況の深堀が必要です。
自分自身を理解した上で、短期・中期・長期のビジョンを設定し、ブランディングを行っていきます。
例えば、このようなデイサービスについてブランディングを行ってみます。
<事業所>
・立ち上げて8年を経過し、地域の皆様には存在を認知されている。
・元々は建設関連の業種だったが、今は介護がメイン事業となっている。
・立ち上げた社長は来年より会長になり、息子が代わりに社長に就任する予定。
・地域密着通所介護、総合事業についてサービス提供している。
・職員数は潤沢とも言えないが、全く足りないわけではなく、事業を継続できる人数は保てている。ただ、従業員の平均年齢が高くなってきたのが経営者として気になっている。そんな中、一番若かった30代の女性が最近辞めてしまったことを残念に思っている。
・最近、親の介護を理由に休みを取る職員が増えてきているので将来現場を配置上、正常に回せるのかどうかで少し不安になっている。
・運動機能の維持回復をテーマにしており、機能訓練指導員を常勤で3人置いている。パート雇用も一人いる。
・リハビリメニュー用のマシンはだんだん古くなってきており、そろそろ買い替えなくてはならないと現場に言われているものもある。
・社長が懇意にしていた有名弁当屋の支援を受けて、事業所向けに卸してもらっている弁当が特別仕様で非常に美味しいと話題になり、5年前に地元TVの取材があった。また弁当屋のホームページでそれが確認でき、その反響で隣町ではその後に同弁当を採用しているデイサービスが増えてきている様である。
<条件>
・人口減少が続く山沿いの団地の入り口に立地している。
・山側の利用者様が良く選んでくださるが、平地側の方は中心地の介護事業所の方に利用者様が多く流れている。
・提供している運動機能の維持回復サービスは地域のケアマネジャーからも高評価をいただく
・現在、利用者様の集客については定員上限で運営することができており、ご好評いただいている。ただ、一時期に比べると定員の理由でお断りが発生する率がだいぶ減ってきている。ケアマネジャーから聞いた話だと、町の中心地へ向かう途中のショッピングセンター併設のジムで短時間のリハビリ特化型のデイサービスができたということで、もしかしたら新規のお客様はそちらを選ぶ割合が増えているかもしれないと思っている。
「1、事業の立ち位置の確認」
まず簡単に5W1Hで考えてみます。
「When(いつ)」・・・月曜から土曜までフルタイム(日は休み、祝は営業)
「Where(どこで)」・・・人口減少が続く山沿いの団地の入り口
「Who(だれが)」・・・配置多めの機能訓練指導員が、介護職員が、看護師が
「What(なにを)」・・・個別リハビリプログラムを、生活に快適な空間を、健康状態確認を提供
「Why(なぜ)」・・・サービスの特色として強化する、個々の利用者様の状態に合わせてサービスをきっちり丁寧に提供できるように
「How(どのように)」・・・利用者個々の問題についてモニタリングしやすい環境での提供、きちんとやるべきことはやる
さて、まずはサービスを簡単に文字化できましたので、早速条件を深堀しながら分析していきましょう。
「2、SWOT分析」
SWOT分析とは、自社の外部環境と内部環境を強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)の4つの要素で洗い出し、要因分析することで、事業に関する改善点や伸ばすべきポイント、将来的なリスクなどを見つけることができる手法です。
このような表が使われます。外部要因から抽出すると良いでしょう。
プラス要素 | マイナス要素 | |
---|---|---|
内部要因 | 強み(Strength) | 弱み(Weakness) |
外部要因 | 機会(Opportunity) | 脅威(Threat) |
実際に先ほどの事業所にあてはめてみましょう。
プラス要素 | マイナス要素 | |
---|---|---|
内部要因 | 強み(Strength) ・メインの運動機能維持回復のプログラム内容が人気で地域のケアマネジャーからも認められている ・送迎に悩む事業所は多いと聞くが、送迎できる職員が潤沢で配車に困った事がない ・美味しいと噂のちょっと遠いところの弁当屋の弁当を昼食に提供していて、それも利用者様に好評 ・利用者様と職員の関係性が非常に良好、特に職員が小さい頃からお世話になっていた人が通っているというパターンもある | 弱み(Weakness) ・従業員の年代構成の年代が高い ・一番若手だった30代女性が直近で辞めた理由が「このまま続けていたら悪いから」。育児で頻繁に休まざるを得なかったことを随分気にしていたとのこと=気軽に休めない? ・公共交通機関が利用できない為、利用者様のご家族が見学しづらいという話をたまにいただく ・研修が規定回数しかできていない。現場はもっと必要だという声がある。 ・建物が老朽化してきた(前身の建築関連企業時代から利用) ・冬は壁際や窓が寒いという苦情が多い ・フィットネスマシンが古くなってきた |
外部要因 | 機会(Opportunity) ・現状は盛況である ・お断りするのが以前より減ったが定員上限に達している ・近所の整形外科の通所リハから移ってくる人が年間で何人かいる ・このデイサービスの介護福祉士の中から独立したケアマネジャーが地域に居て、良さを外部にも伝えてもらえる | Threat(脅威) ・人口減少 ・働ける人口自体も減っていく ・制度改正 ・競合サービス増加 ・弁当屋の事業撤退 |
「3、SWOT分析×クロス分析」
クロス分析とは、SWOT分析で確認した要素を2つ選んで掛け合わせて考えることで経営戦略の分析を行う事です。
先ほど行ったSWOT分析をクロス分析してみましょう。
例)強み(Strength)×機会(Opportunity)で経営戦略を立てる
この組み合わせによって、自社の強みをビジネスの機会へ生かすための分析をします。
この事業所の例で見てみると、
<強み>
・送迎に悩む事業所は多いと聞くが、送迎できる職員が潤沢で配車に困った事がない
<機会>
・このデイサービスの介護福祉士の中から独立したケアマネジャーが地域に居て、良さを外部にも伝えてもらえる
この二つから、現状のウリである「運動機能の維持回復」の他に、送迎も売りに出来そうではないかと考えられます。
一般的には送迎可能な職員について、確保が難しくなっているという傾向があります。この事業所は送迎の問題がないということで、ここから推察できるのは、【年齢層が高い職員が多いという条件からベテランが多く、地域を知り尽くしている】【車の運転に抵抗が無い職員が多く、絶対に時刻通りに回せるように予備人材としても担当以外が動ける】という環境です。運転ができる人材が多く勤めていて、それが均一に慣れた運転ですと利用者様も安心して乗っていられるでしょう。仮説を固めるには、この点について利用者様にアンケートを取ってみると良いかもしれません。
例)強み(Strength)と脅威(Threat)で経営戦略を立てる
この組み合わせによって、強みを活かし、脅威を退ける、または生かすための分析をします。
例)
<強み>
・美味しいと噂のちょっと遠いところの弁当屋の弁当を昼食に提供していて、それも利用者様に好評
<脅威>
・弁当屋の事業撤退
「食」は、利用者様にとってかなりポイントが高いのではないかと推察されます。
もし、今あるお弁当が食べられなくなってしまったら…
事業所に感じているお客様の価値が減ってしまうかもしれません。
今の環境は弁当の件をかなり大きく取り上げて良い状況で、弁当屋さんの経営状況についても、たまに確認を入れておいた方が良さそうです。社長が仲が良さそうですので、社長がヒアリングすると良いかもしれません。もし、弁当屋さんが撤退するとなったらどうしたらよいか、頭の片隅に入れて他に美味しいと有名なお弁当屋さんの情報をチェックしておいても良いでしょう。
例)弱み(Weakness)と機会(Opportunity)で経営戦略を立てる
この組み合わせによって、弱みを改善し、補い、機会に繋げるための分析をします。
<弱み>
・公共交通機関が利用できない為、利用者様のご家族が見学しづらいという話をたまにいただく
<機会>
・現状は盛況である
利用者様のご家族は事業所をご見学に来られたいという意思をお持ちの方もいらっしゃるようです。
立地として公共交通機関がありませんので、免許を返納されたりするとタクシーしか手段がなくなってしまいます。
逆の発想をしてみます。来なくても良いようにします。
利用者様ご家族に対し、事業所運営についてのご意見をアンケートなどで取得、もっと開示して欲しい情報がなんであるか特定します。
例えば事業所のサービス中の雰囲気が知りたい情報であった場合、昨今はSNSがありますので、利用者様ご家族のみに対し動画などを限定公開することでプライバシーも守れますし、中の様子を知っていただく事ができます。現在は事業所が盛況な状態ですので、閑散として必要以上に寂しい映像になることはありません。ありのままの利用者様のご様子をご覧いただくことができるでしょう。
例)弱み(Weakness)×脅威(Threat)で経営戦略を立てる
この組み合わせによって、弱みに関する理解の深堀と脅威による影響を最小限にするための分析をします。
例)
<弱み>
・一番若手だった30代女性が直近で辞めた理由が「このまま続けていたら悪いから」。育児で頻繁に休まざるを得なかったことを随分気にしていたとのこと=気軽に休めない?
<脅威>
・働ける人口自体も減っていく
この二つをクロス分析する前に、弱みの方で「このまま続けていたら悪いから」という考えに至った30代女性の置かれていた環境を少し考えてみましょう。子どもが小学生以下ですと特に病気やケガ、ちょっとしたトラブルなどで親は呼び出されてしまいます。この辞めてしまった方がどれくらいの比率で早退やお休みをしていたのか把握しなければなりません。
もし、有給休暇の範囲内であったり、「頻繁」という感覚が月の半分も出勤していないレベルではなかった場合には、周囲の環境が「休んで迷惑をかけられている」という空気を出してしまっていた可能性が否定できません。
さて、脅威で就労人口の減少があります。これはつまり、能力として働けるのであれば、働いていただかないと職員が確保できなくなっていくことを表しています。この女性を引き止めるように努力することが未来の雇用に重要だった可能性があります。周囲の職員によくお話を聞いて、なぜ若い人を待遇として優遇する必要があるのか、職員の年代構成がなぜ経営に重要なのかを含めて説明し、この女性を引き止められなかった条件について、改善をすることで、就労人口の減少のダメージを最小限に抑える、または逆にそれが強みに変わる可能性があります。
「4、競合分析」
この事業所の近隣にどんな競合がいるか確認します。
この事業所は、【運動機能の維持回復】を重要視しています。
この特色の場合、ジムや地域の運動教室などが競合になる可能性があります。ショッピングセンター隣接ジムで短時間型デイサービスが始まったというエピソードも絡んできます。つまり、純粋な介護サービス以外の競合や、新規参入も視野に入れ、差別化について表現できるようにする必要がありそうです。
>この事業所の具体的な競合
デイサービスとして
・町の中心地のデイサービス
・新しくできたジムの短時間型リハビリ特化デイサービス
運動機能の維持回復が特色としての一般人が利用できる施設
・事業所から1Km先の潰れたコンビニに入ってきた小さな定額式ジム
・中心地に向かう途中のスーパーの一角にご婦人用のジム
・中心地に向かう途中のショッピングセンター併設ジム
・町内会の運動クラブ
これらの競合と自分の強み弱みを比較して、上回ってる場合は問題がありませんが、下回っていた場合は改善するか改善しなくても良いか選択する必要があります。改善しなくてよいケースとして、それを上回る利用者にとっての大きな価値の提供があります。また、物理的要件や資金的要件でどうしても改善できない場合があります。その場合には、それをどう補っていくのかきちんと考える必要があります。
また、この例では町内会の運動クラブは競合というより、積極的にノウハウを提供する機会を設けて将来的な親和性を感じていただく方がいいかな…という分析も可能です。
強みが競合より上回っていた場合、それが価値=ブランドを構成する要素の一つになります。
「5、アンケート・ヒアリング」
ブランディング上では評価者になっていることが多い、利用者様や利用者様ご家族、職員に事業所についてのサービス提供や、環境に関するヒアリングやアンケートを行います。
アンケートフォームや質問内容は、アウターブランディングとインナーブランディングでは実行する施策が異なることがありますので、それぞれ分けた内容で作成します。
さきほどのSWOT分析などをしていてもいくつか質問項目が出てきていましたが、現状分析と共に今後の運営に役立つ内容で行う必要があります。
記名していただくと、それがよりどんな環境の方がどんな状況で回答したのかがわかりやすくなりますが、個人情報取り扱いの同意書などもアンケート上で必要となる為、構成や回収後の取り扱いも少し難易度があがります。利用者様やご家族にお願いする場合、アンケートの意図・目的・意義の丁寧な説明やご回答特典などがあれば、回答率も向上します。ただ、そのようなものを必要とせず、関係性だけで簡単に集められてしまう事業所様もあると思います。
プレゼントが必要かどうかについては、関係性を無視した場合の判断ポイントとして質問内容が簡単か複雑かということになります。複雑であれば回答率や回収率を上げるためになにかお礼を付けるべきです。
もちろん、純粋に御礼を差し上げても良いでしょう。
「6、ブランディングとは」
これらご紹介した手法を使うと、結論が出てきます。
結論が出てきた時に、【まとめて一言で言うと】ということを考えてみます。
まとめて一言でどういうことなのかが分かると、「うちの事業所とは…」が明確に語れるようになります。そして、その「うちの事業所とは…」は期間限定ではなく、恒久的に使える価値として事業所に関わる全員が納得できることでしょう。
例えば、弊社の製品のケア樹であれば、「簡単・安心・低価格」を謳っていますが、これはソフトウェアの提供スタイルだけでなく、この状態をキープするために一体何が必要な
のかを社内で共有し優先順位を決めるのに役立っています。
【まとめ】
ブランディングは、サービスの機軸を決めてお客様とコミュニケーションを取る手段であり、誰しもが価値を感じる概念であることを確認することが必要です。
定まると外部にアピールしやすく、職員が行動しやすく、自分自身もそうあるべきだと考えるようになります。あるとないのでは事業所の雰囲気や規則などにおいても大きく変わってくるでしょう。
まだ一度もやっておられなかったら、是非もう一歩組織を発展させるためにお試しください。
※介護保険制度の詳細については各自治体の介護保険制度の担当窓口にお問合せください。