令和7年度の処遇改善加算の算定要件において、職場環境等要件における生産性向上の取り組みが重点化されたことで、特に小規模事業所にとってその達成が非常に重い課題となっている。

目次

  1. 処遇改善加算が突きつける「生産性向上」の背景と小規模事業者の課題
  2. 効率化に留まらない:国が目指す「介護の価値を高める」生産性向上
  3. 「準備8割」の成功法則:小規模事業者が踏むべき改善活動の標準6ステップ
  4. 壁を乗り越えるための外部伴走支援とDX時代の継続的な組織変革
  5. 経営者の時間的制約を乗り越える伴走支援の意義と将来予測

1.処遇改善加算が突きつける「生産性向上」の背景と小規模事業者の課題

令和7年度の介護報酬改定に関連する処遇改善加算において、生産性向上への取り組みが一層求められるようになった。多くの介護事業所の日常から、「何かバタバタして忙しい」、「書類業務に追われてしまう」、「残業が多く、休暇もとりにくい」といった、現場の逼迫した現状が聞かれている。

国が生産性向上を強化する背景には、日本の社会環境の劇的な変化がある。総人口の減少、働き手の急減、そして急速なデジタル化という変化に対し、介護現場が適応できていないことによって、現場の「現状(課題)」と「ありたい姿」(例:落ち着いて業務に向き合えている、利用者とたくさん過ごす時間を生み出せている)との間に大きなギャップが生じているからである。このギャップを縮める、すなわち社会環境の変化に適応することが、生産性向上施策の根源的な目的である。特に小規模事業者は、リソース不足からこのギャップを埋めるための取り組みが遅れがちであり、加算要件の達成がより高いハードルとして感じられているのである。

2.効率化に留まらない:国が目指す「介護の価値を高める」生産性向上

国が生産性向上を求める真の意味は、単なる業務の効率化やコスト削減に留まらない。介護における生産性向上の目標は、「介護の価値を高める」ことにあると定義されている。業務改善やテクノロジーの活用を通して、まず現場に「時間的・気持ちの余力」を創出する。その結果として生み出された余力を用いて、利用者やその家族には「より良いケア(選択のある人生)」を、そして職員には「働きやすさ・働きがい」を提供し、組織全体として、利用者満足と職員のやりがいを同時に高める好循環を生み出すことが目指されているのである。業務改善活動は、DX(デジタルトランスフォーメーション)を支える基盤であり、逆にDXは業務改善を加速させる。この活動を通じて、組織は「人的資本経営」へと転換し、人材の育成・定着・確保の好循環によって、社会環境の変化に適応し続ける発展する組織文化を構築することが政策の核心である。

3.「準備8割」の成功法則:小規模事業者が踏むべき改善活動の標準6ステップ

小規模事業者が生産性向上要件を満たし、確実な成果を出すためには、焦って高額な機器を導入しようとする「取り残されることへの恐れ(FOMOの罠)」に陥ることを避け、「準備8割」を成功の秘訣として、業務改善の標準的な6ステップを踏むことが重要となる。

まず、ステップ①「改善活動の準備をする」では、経営層が変革への強い思いを持ち、現場の改善こそが経営成果であることを伝え、リーダーが孤独にならないようサポートする。役職にとらわれず、現場を良くしたいという強い思いを持つ職員をリーダーに据え、「少人数のチーム」から取り組む場所を小さく決めて始める。

次に、ステップ②「課題を⾒える化する」が最も重要である。アンケート、気づきシート、タイムスタディなど多様な手段で職員の声を多く集め、その課題を「原因」と「結果」のつながりとして整理する「因果関係図」などを作成し、真の深堀原因を見つける。

この深堀原因に基づき、ステップ③「実⾏計画を⽴てる」アナログな業務改善(5S)、介護助手の活用(役割分担)、そしてテクノロジー導入・活用のうち、自事業所の課題と目的に合ったものを選択する。最後に、ステップ④「改善活動に取り組む」では、計画に沿ってチームで取り組み、失敗を恐れず、トライ&エラーを繰り返す「アジャイル」な進め方が定着を促す。

4.壁を乗り越えるための外部伴走支援とDX時代の継続的な組織変革

改善活動を推進する中で、小規模事業者は「リーダーの孤立」や「職員の巻き込み方の難しさ」、「KPI設定の迷い」といった多様な障壁(壁)に直面することが予測される。これらの課題を乗り越えるために、外部の知識や経験を持つ第三者である伴走支援者の力を借りるという選択肢が有効である。

厚生労働省の「介護現場の生産性向上に関する普及加速化事業」では、セミナー受講後、事後課題として提出が求められる因果関係図や実行計画の作成で困った受講者向けに、講師陣による無料の個別相談サービスが提供されている。これにより、メンバー選定や効果測定の方法などで悩んだ際に、一歩ずつ前に進む道筋を得ることができる。さらに、受講者限定のグループチャットも設けられており、他の受講者や講師陣と繋がり、情報共有や質疑応答ができる環境を通じて、業務改善の取り組みを進めやすくすることを目的としている。

これからの介護業界において、生産性向上とDXは、一度きりの「イベント」ではなく、現場の状況変化に対応し続ける持続的な活動として定着しなければならない。業務改善活動を定期的に振り返り(ステップ⑤)、その結果を元に実行計画を練り直す(ステップ⑥)というPDCAサイクルを組織の文化として根付かせることで、小規模事業者は加算要件の達成だけでなく、職員の働きがい向上と利用者へのより良いケアの提供という、真の「よい経営状況」へと繋がる好循環を確立していくことが期待される。

5.経営者の時間的制約を乗り越える伴走支援の意義と将来予測

しかしながら、多くの小規模事業者においては、経営者自身が多忙で介護現場に立っている状況から、これらの改善活動に充てる時間を作り出すことが極めて難しいという現実的な障壁が存在する。特に、課題の「見える化」や「実行計画の立案」といった、専門的な分析や多角的な視点を要するプロセス(ステップ②、③)では、リーダーが孤立しがちであり、「メンバーと話し合う時間がない」、「KPI設定に迷う」 といった悩みに直面しやすい。

そこで有効となるのが、第三者の専門家(伴走支援者)の力を一時的に借りる方法である。たしかに外部の専門的な支援を受けるには、費用が掛かる場合も多い。しかし、多忙な経営層やリーダーが時間を割いて独力で手探りの改善を進め、結果が出なかったり、進め方を誤ったりすることで、貴重な時間や労力を浪費し、結果的に費用も時間もかえって多く費やしてしまうリスクは大きい。対照的に、知識や経験豊富な伴走支援を受けることで、因果関係図や実行計画の作成といった核となるプロセスを、効率的かつ効果的に進めることが可能となる。この視点から見れば、多少の費用が掛かったとしても、専門家による伴走支援を受けることは、結果として時間と費用の節約に繋がるという判断が成り立つ。今後は、生産性向上を持続的な活動として組織の文化に根付かせ、地域の介護生産性向上総合相談センターなど外部支援も活用しながら、継続的に変化に適応し続けることが、すべての介護事業所に求められる。

著者プロフィール

小濱 道博 氏

小濱介護経営事務所 代表
C-SR 一般社団法人介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 顧問

昭和33年8月 札幌市生まれ。
北海学園大学卒業後、札幌市内の会計事務所に17年勤務。2000年に退職後、介護事業コンサルティングを手がけ、全国での介護事業経営セミナーの開催実績は、北海道から沖縄まで平成29年 は297件。延 30000 人以上の介護業者を動員。
全国各地の自治体の介護保険課、各協会、介護労働安定センター、 社会福祉協議会主催等での講師実績も多数。「日経ヘルスケア」「Vision と戦略」にて好評連載中。「シルバー産業新聞」「介護ビジョン」ほか介護経営専門誌などへの寄稿多数。ソリマチ「会計王・介護事業所スタイル」の監修を担当。

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