目次

  1. 業務継続計画(BCP)の徹底と進化
  2. 感染症対策と記録の厳格化
  3. 身体拘束適正化の実効性
  4. 虐待防止とハラスメント対策の深化
  5. 生産性向上と業務効率化の推進
  6. 持続可能なコンプライアンス体制の意義

1.業務継続計画(BCP)の徹底と進化

介護サービス事業者にとって、業務継続計画(BCP)の策定はもはや必須である。令和6年度から未策定の場合は1%の減算対象となった。感染症BCP災害対策BCPの双方が求められるが、特に感染症BCPは感染症対策ガイドラインと異なり、クラスター発生時の対応を定める点に特徴がある。新型コロナウイルスが5類へ移行した今なお、令和2年のような最悪の事態を想定し、実効性ある計画と訓練を続けねばならない。訓練の実施も義務化されており、施設・居住系で年2回以上、在宅系で年1回以上と定められている。水害リスクの高い地域では、洪水や停電を想定した備えが不可欠であり、地域のライフラインとして休業を避け業務継続を果たす責務がある。BCPは作成して終わりではなく、定期的に見直し、紙媒体で保管し、全職員に周知することが要点である。マスクや食料などの物資備蓄も欠かせず、訓練と検証を通じて常に進化させる姿勢が求められる。

2.感染症対策と記録の厳格化

感染症対策も同じく令和6年度から義務化された。委員会設置、指針策定、研修、訓練が基本要件である。違反すれば減算には直結しないが、運営基準違反として行政指導を受ける可能性があるため、確実な履行が不可欠である。委員会は施設で年4回、在宅系で年2回、研修と訓練は年1回以上が必要とされる。介護行政は記録主義であるため、議事録や研修記録を残すことが指導回避の最重要ポイントである。AIによる音声文字起こしなどは職員負担軽減に有効であり、積極的な導入が望ましい。また、感染症対策訓練と感染症BCP訓練は内容が類似しているため、合同実施が効率的である。消毒方法の違いなど、感染症の特性に応じた正しい知識を共有し、事前準備を徹底することが求められる。

3.身体拘束適正化の実効性

身体拘束廃止に関する取り組みも、全事業者に課された重大なコンプライアンス課題である。令和6年度からはショートステイ、多機能型に「身体拘束廃止未実施減算」が適用された。在宅サービスにおいても、緊急やむを得ず身体拘束を行った場合には、対応内容、時間、利用者状況、緊急性の理由を記録する義務がある。「切迫性」「非代替性」「一時性」の三要件を満たす場合にのみ拘束が正当化されるため、職員間で共通理解を持つことが重要である。施設系では東京都条例に基づき、年4回以上の身体拘束適正化検討委員会開催が義務化され、研修も定期的かつ新規職員に随時実施する必要がある。拘束の短時間化、部分化、代替策検討を徹底し、利用者の尊厳を守りつつ安全を確保することが継続的課題である。

4.虐待防止とハラスメント対策の深化

虐待防止対策は令和6年度より全サービスで義務化され、未実施の場合には1%減算が適用される。虐待防止委員会、指針策定、研修、担当者配置の4要件のいずれも欠けてはならない。小規模事業所も例外ではなく、委員会は年2回の開催が必須である。虐待の早期発見と対応ルールの確立が目的であり、職員は虐待の種類や報告体制を理解することが求められる。虐待防止担当者は委員会責任者を兼務するのが望ましく、相談対応や見直しを担う。加えて、介護業界では令和3年度からハラスメント対策も義務化されている。これは一般企業よりも1年早い導入であり、介護現場特有の離職要因に直結しているためである。ハラスメントの判断基準を明確に伝え、管理者は相談対応研修を受け、組織的に職員を守る体制を整備することが不可欠である。SOGIハラスメントなど多様なケースに対応することも求められており、安心できる職場環境づくりは質の高いサービス提供に直結する。

5.生産性向上と業務効率化の推進

生産性向上は今年度より処遇改善加算の職場環境等要件に組み込まれ、1人あたり5万4千円相当の補助金の要件ともなった。生産性向上の取り組みは、生産性向上会議の開催や課題の見える化を含み、さらに3つ以上の施策実施が必要とされる。介護助手制度は有効な手段の一つであり、元気な高齢者が補助業務を担うことで、介護職員が専門業務に専念できる体制を実現する。ICT導入も欠かせないが、トップダウン型ではなく現場課題の抽出から始めるボトムアップ型アプローチが成功の鍵である。真の目的は職員の負担軽減と利用者に触れる時間の増加であり、結果としてケアの質を高めることにある。また、介護経営情報の提出は電子申請へ完全移行しており、GビズID取得を含め早期対応が求められる。電子化は事務効率化を進め、業務改善を後押しするものである。

6.持続可能なコンプライアンス体制の意義

介護サービス事業者におけるコンプライアンス体制は、罰則回避にとどまらず、利用者と職員双方の尊厳と安全を守るための基盤である。BCP、感染症対策、身体拘束適正化、虐待防止、生産性向上といった課題は相互に関連し、事業の持続可能性に直結する。小規模事業所にとって単独対応は困難であるが、地域連携やAI・ICTの活用によって効率的かつ実効性ある仕組みを整えることが可能である。記録の徹底は行政対応のみならず、事業所の信頼性を高める手段であり、地域社会における責任を果たすことに繋がる。介護事業者は変化を受け身で捉えるのではなく、積極的に改善と進化を続けることで、質の高いサービスと持続可能な経営を両立させるべきである。

著者プロフィール

小濱 道博 氏

小濱介護経営事務所 代表
C-SR 一般社団法人介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 顧問

昭和33年8月 札幌市生まれ。
北海学園大学卒業後、札幌市内の会計事務所に17年勤務。2000年に退職後、介護事業コンサルティングを手がけ、全国での介護事業経営セミナーの開催実績は、北海道から沖縄まで平成29年 は297件。延 30000 人以上の介護業者を動員。
全国各地の自治体の介護保険課、各協会、介護労働安定センター、 社会福祉協議会主催等での講師実績も多数。「日経ヘルスケア」「Vision と戦略」にて好評連載中。「シルバー産業新聞」「介護ビジョン」ほか介護経営専門誌などへの寄稿多数。ソリマチ「会計王・介護事業所スタイル」の監修を担当。

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