目次

  1. 外国人材政策の転換点:介護分野との連動による実質的展開
  2. 介護政策の転換:処遇改善と業務改革の一体的推進
  3. 生産性向上の主戦場:非製造分野における構造改革

1.外国人材政策の転換点:介護分野との連動による実質的展開

令和7年6月13日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2025」では、外国人材政策において重要な転換が示された。特に注目すべきは、外国人材の受け入れを単なる人手不足対策ではなく、日本社会の一員として共に生きる「共生」の文脈で再定義した点にある。これは単なる文言上の修正ではなく、政策全体の方向性を示すシグナルであり、介護分野との明確な連携が初めて明文化されたことに意義がある。

これまで外国人材の受け入れにおいて、介護分野は制度的な整備が遅れ、訪問系サービスへの参入は長らく制限されていた。しかし、2025年4月に訪問介護分野への外国人技能実習生・特定技能者の参入が解禁されたことを受け、制度的にも実務的にも転換期を迎えている。今回の基本方針では、この流れを国家戦略に位置付け、介護分野における外国人材の育成・定着・戦力化を重視している点が際立つ。地方創生2.0との連動も明記されており、外国人材の地方定着を通じて、地域における人口減少と介護人材不足の同時解消を図る方針である。

また、多文化共生の観点から、日本語教育、生活支援、相談体制の強化を明記した点も重要である。外国人介護人材が長期的に働き続け、キャリアを形成できるような就労環境整備が求められる中、行政や事業者だけでなく、地域全体の包摂力が問われることとなる。すなわち、介護事業者にとっては、単に労働力として外国人を雇用するのではなく、多文化環境に適応し、共に働く体制を整備する責任が生じる時代に入ったといえる。

2.介護政策の転換:処遇改善と業務改革の一体的推進

本方針における介護分野の記述では、「処遇改善」と「業務改革」の一体的推進が強調されている。これは過去数年にわたり積み重ねられてきた処遇改善加算の流れを踏襲しつつ、それを土台にICTやAIを活用した業務改革を急ぐべきであるとの認識に基づいている。特に介護現場における過重な業務負担、記録作業の煩雑さ、情報共有の非効率性といった課題に対し、技術導入による改善が不可欠であるとの方向性が明示された。

ただし、公定価格の見直しによる処遇改善という記述があり、1年前倒しでの介護報酬改定を期待する声があるが、これは制度的にあり得ない。令和8年度の処遇改善加算の加算率の引き上げが前向きに検討するという意味である。ただし、物価高騰などで介護事業者の経営的な危機が生じていると判断された場合は、コロナ禍の中で一定期間、基本報酬を一律3%アップしたことと同等の対策については可能性がある。

さらに注目されるのは、外国人介護人材との連動である。多言語対応のICTツールや、翻訳機能付きの介護記録ソフトの導入、さらにはケアプラン作成支援AIの活用が、処遇改善と連動する形で政策誘導されている。これにより、外国人職員も含めたチームケアの質を担保しつつ、職員一人ひとりの業務負担を軽減する効果が期待される。制度的にも、これらの取り組みは科学的介護やLIFEの推進方針とも整合しており、現場での取り組みを加算や報酬の形で支援する仕組みが整備されつつある。

また、介護事業の経営基盤強化にも言及がなされている。特に中小規模の法人における経営の不安定さや人材確保の難しさを背景に、事業承継支援やM&Aの推進、事業統合によるスケールメリットの確保などが挙げられており、持続可能な経営体制の構築が国家政策として後押しされる段階に入っている。

3.生産性向上の主戦場:非製造分野における構造改革

本方針が画期的である点は、介護や福祉、保育といった非製造分野を「生産性向上の最前線」と位置付けたことである。従来、生産性向上政策の主軸は製造業や輸出産業であったが、労働集約的で人手不足が顕著な介護分野を含む対人サービス領域が、今や国全体の成長戦略の中核を担うと再定義された。

この流れの中で、AIやICTによるケアプラン作成、記録業務の自動化、インカムによるリアルタイム支援、業務の見える化などが投資対象として明示されている。特に介護業界では、これまで人に依存したサービス提供が主流であったが、今後は「技術による補完と標準化」が重要視される。これは単なる業務効率化ではなく、職員の創造的業務へのシフトを促し、働きがいと生産性の両立を図るものである。

さらに、生成AIや多言語AIによる書類作成補助、利用者とのコミュニケーション支援も政策対象に含まれつつある。これは外国人材の支援と同時に、日本人職員の心理的・時間的負担を軽減し、持続可能な人材活用へとつなげる道でもある。加えて、こうした技術導入を中小法人でも可能にするための補助制度やガイドラインの整備が進められており、格差是正と導入促進の両立が図られている。

以上のように、外国人材の受け入れ、介護現場の業務改革、そして生産性向上という3つのテーマは、単独ではなく相互に関連し合う構造的課題であることが本方針では明確に示されている。介護事業者に求められるのは、この変化を単なる制度変更と受け止めるのではなく、経営戦略として取り込み、持続可能で質の高いサービス提供体制を再構築する視点である。

著者プロフィール

小濱 道博 氏

小濱介護経営事務所 代表
C-SR 一般社団法人介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 顧問

昭和33年8月 札幌市生まれ。
北海学園大学卒業後、札幌市内の会計事務所に17年勤務。2000年に退職後、介護事業コンサルティングを手がけ、全国での介護事業経営セミナーの開催実績は、北海道から沖縄まで平成29年 は297件。延 30000 人以上の介護業者を動員。
全国各地の自治体の介護保険課、各協会、介護労働安定センター、 社会福祉協議会主催等での講師実績も多数。「日経ヘルスケア」「Vision と戦略」にて好評連載中。「シルバー産業新聞」「介護ビジョン」ほか介護経営専門誌などへの寄稿多数。ソリマチ「会計王・介護事業所スタイル」の監修を担当。

小濱先生プロフィール写真