目次
- 報酬改定が突きつけた単独経営の限界
- 事業者グループ形成を軸に据えた補助金制度
- ICT導入と業務効率化の促進における連携の意義
- 外国人材登用とグループによる育成スキームの必要性
- 制度改正への布石としての補助金活用と専門支援の重要性
1.報酬改定が突きつけた単独経営の限界
令和6年度の介護報酬改定では、特に訪問介護において過去最大規模のマイナス改定が実施された。基本報酬の引き下げは、多くの小規模事業者の経営を直撃し、実際に訪問介護事業所の倒産や廃業件数は過去最多を記録するに至った。国はこの事態を、単に報酬減による影響として片付けるのではなく、人材不足や制度対応の煩雑さ、地域資源の偏在といった構造的な問題の表出と捉えている。この認識のもと、従来の個別支援策に代わり、事業者間の連携を前提とする構造改革に舵を切ったことは、介護政策の大きな転換点である。
2.事業者グループ形成を軸に据えた補助金制度
こうした政策の転換は、令和6年度補正予算および令和7年度本予算において明確に示された。新たな補助制度の中核に位置付けられたのが、「共同化・大規模化による職場環境改善事業」である。この制度は、法人格の統合を前提とせず、複数の法人・事業所が地域内で緩やかなネットワークを構築し、それぞれの強みを活かしながら職員の共同募集、共同送迎、研修の共催、緊急時の人材融通、業務のアウトソーシング等を行うことを支援するものである。最大1200万円のグループ補助、1法人あたり最大120万円の個別補助に加え、訪問介護サービスを含む場合は150万円となる。これは財政的支援にとどまらず、事業運営を協働・分担する仕組みの構築そのものを支援する制度設計となっている。特に中山間地や離島など、個別対応が困難な地域では、この制度が経営継続の鍵となり得る。
3.ICT導入と業務効率化の促進における連携の意義
令和7年度の補助金制度では、ICT導入および業務改善においても、事業者グループによる「共同的実施」が重視されている。介護テクノロジー導入支援事業では、記録ソフト、インカム、見守りセンサー、クラウドサービスなどの導入に対して、グループ単位で最大1000万円の補助金が交付される。さらに、ICT機器導入にとどまらず、外部コンサルタントによる業務改善支援費用も補助対象とされており、改善の効果を確認するための生産性向上委員会の設置や業務改善計画の策定、導入後の効果検証が義務づけられている。これら一連のプロセスは、単独で担うには事業者の負担が大きく、グループによる分担体制の整備が合理的かつ実効的な手段である。
4.外国人材登用とグループによる育成スキームの必要性
深刻化する人材不足への対応策として、訪問介護分野において外国人材の活用が解禁された。令和7年4月から、初任者研修修了者であり、1年以上の国内実務経験を持つ技能実習生や特定技能者が訪問介護に従事できるようになる。だが、この「1年以上の実務経験」という要件が、訪問系単独事業所にとっては導入の壁となる。現実的な解決策として、施設系事業所を含む事業者グループ内で外国人材を一時的に受け入れ、経験を積ませたうえで訪問系事業所へ配置転換するという育成・活用スキームの構築が求められる。国の制度設計自体が、このような連携を前提とした外国人材活用を想定していることは明らかである
5.制度改正への布石としての補助金活用と専門支援の重要性
今回の補助制度は、単なる年度内の財政支援策ではなく、令和9年度の次期制度改正を見据えた「準備フェーズ」としての位置づけを持つ。今後、ICTの活用状況、人材確保策、業務改善の取り組み、データ連携の有無といった要素が、加算や評価の指標として制度に組み込まれていくことは確実である。すでに在宅サービス事業者に対しては、令和7年度中にケアプランデータ連携システムを導入していなければ、補助金対象外とされる要件が設けられている。こうした制度対応には、コンサルタントや税理士、社会保険労務士といった外部専門家の支援が不可欠である。実際に補助制度の中にも、業務改善やICT導入、制度導入支援における第三者の関与を補助対象とする設計が施されており、事業者単独で制度対応を完結させることは想定されていない。むしろ、専門支援と事業者連携が制度設計の大前提となっている。
これらは、すでに全国の自治体に通知済であり、一部地域ではモデル形成に向けた動きも始まっている。介護業界は今、単独経営からネットワーク型経営へと構造的に移行する過渡期にある。今こそ、事業者グループという選択肢を前提に据えた経営判断が求められているのである。
小濱 道博 氏
小濱介護経営事務所 代表
C-SR 一般社団法人介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 顧問
昭和33年8月 札幌市生まれ。
北海学園大学卒業後、札幌市内の会計事務所に17年勤務。2000年に退職後、介護事業コンサルティングを手がけ、全国での介護事業経営セミナーの開催実績は、北海道から沖縄まで平成29年 は297件。延 30000 人以上の介護業者を動員。
全国各地の自治体の介護保険課、各協会、介護労働安定センター、 社会福祉協議会主催等での講師実績も多数。「日経ヘルスケア」「Vision と戦略」にて好評連載中。「シルバー産業新聞」「介護ビジョン」ほか介護経営専門誌などへの寄稿多数。ソリマチ「会計王・介護事業所スタイル」の監修を担当。
