今回は5つの重要なポイントを解説する。
目次
1.義務化された財務諸表の公表
2023年5月12日、通常国会で成立した令和6年度介護保険法に於いて、介護サービス事業者経営情報を、所轄する都道府県知事に報告することが義務化された(第115条の44の2 第二項)。そして、提出をしない、又は虚偽の報告を行った場合は、期間を定めて報告もしくは内容を是正することを命ずることが出来るとされた(同、第六項)。その命令に従わない時は、指定の取消もしくは業務停止の処分が出来るとされている(同、第八項)。
現在は、社会福祉法人や障害福祉事業者には財務諸表の提出と公表を義務化している。今回の制度改正では、介護サービス事業者についても同様に財務状況を公表することとされた。先に義務化されている障害福祉事業者では、その提出状況が芳しくないという事実も指摘されている。その理由は、義務化に伴う罰則規定が無い事が挙げられ、介護サービスに於ける義務化で、罰則規定が有るか否かも注目されていた。
今回の改正に於いての罰則規定は、未提出もしくは虚偽の報告をした場合に、提出もしくは是正を命令できること、また、命令に従わない場合は、業務停止の処分もあるとした。
現在、審議が進んでいる障害福祉報酬改定審議では、未提出の場合は指定取消とする行政処分を行うことが出来ることが明記され、障害福祉報酬を減算する規定が検討されている。介護報酬に於いても、近い将来に減算規定が盛り込まれる可能性も捨てきれない。
財務諸表等の経営情報を定期的に都道府県知事に届け出るための提出方法として、社会福祉法人と同様に、情報提供のための全国的な電子開示システムとデータベースが整備される事となる。ここに手入力するか、会計ソフトでCSVファイルを作成して、電子データとして送信する形になるだろう。
これまで厚生労働省は、介護事業所の決算データ収集については、3年毎に実施される経営実態調査の中で行ってきた。しかし、一部の事業所へのサンプル調査であるため、介護業界全体の財務状況を的確に示しているとは言いがたい。介護職員の処遇改善加算等の検証も同様である。
介護事業者の財務データをデータベース化することで、介護報酬改定や処遇改善の実施に於いてのエビデンスが高まり、より的確な政策をとることが出来る。
2.事業所の経営状況が利用者に開示されるのでは無い
介護事業者は、決算が終了すると、財務諸表等の経営に係る情報を定期的に都道府県知事に届け出ることとなる。
この公表については、介護事業者が提出した個別の事業所情報を公表するのではなく、属性等に応じてグルーピングした分析結果を公表するとされている。このため、一部で懸念されている、自事業所の経営状態や役員報酬の金額などが利用者・家族に把握されてしまうという懸念は杞憂である。
公表のイメージ
3.提出データは税務署に提出した決算書では無い
この時、提出する財務諸表データは、単に税務署に提出した決算書そのものでは無い。介護保険の運営規程に於いては、複数の拠点や併設サービスがある場合、拠点毎、サービス毎の損益計算書を、「会計の区分」に従って個別に作成して提出しなければならないとされている。
「会計の区分」とは、厚生省令37号などの解釈通知に規定された運営基準の一つである。同一法人で複数のサービス拠点を運営している場合は、その拠点毎に会計を分けなければならない。これを会計用語では「本支店会計」と言う。同一の拠点で複数のサービスを営んでいる場合は、それぞれを分けて会計処理を行う。これを「部門別会計」と言う。
会計を分けるとは、少なくても損益計算書をそれぞれの拠点毎、介護サービス毎に別々に作成するということである。このとき、収入だけではなく、給与や電気代、ガソリン代などすべての経費を分けなければならない。
水道光熱費などの共通経費に使用する按分基準も通知で定められている。どこまで厳密に会計処理を行うかについても、4つの方法が示されている。これは、税務署に提出する決算書には求められていない作業である。
しかし、すべての介護事業者は、解釈通知に記載された運営基準要件であるため、行っている必要がある。会計の区分は、税務会計とは全く別物であり、この基準がある事を多くの会計事務所はまだ知らないだろうし、会計の区分に対応出来ない可能性もある。そのため、単に「会計事務所に任せているから」というのでは危険である。
4.小規模法人にとっては大きな負担増
ここで問題となるのは、介護サービス事業者の7割が小規模事業所であることだ。会計事務所の使い方も、領収書を丸投げすることでの単なる記帳代行を依頼しているケースも多い。事務員がいない法人も多く存在する。経理事務は、代表者自らか家族が行っている。そのような経営者の多くは、財務諸表の読み方が分からないだろうし、関心があるのは納める税金の額くらいというのが現実である。
会計事務所も、介護保険制度に精通していることは希で、税金の申告のみと言う顧問形態が大部分である。会計の区分についての知識も皆無である場合が多い。これは、会計事務所が行っている業務が税金の申告であり、その為の税務会計が中心であることから当然でもある。しかし、今回の財務諸表の提出の義務化は、その利用目的を大きく変えるであろう。税務申告と共に、財務諸表の提出のための資料作成を依頼する事になるからだ。単に領収書を整理して、決算書を作るだけでは足りなくなった。
会計の区分は、先に記したとおり、新たに求められる作業では無く、従来からの運営基準の一つである。中小規模の事業者は、事務員を雇用することは少なく、経営者自らが会計業務を担当したり、会計事務所に記帳代行で丸投げしているケースも少なくない。
会計事務所が行っているのは税務会計と言って、税金の計算のための会計基準である。会計の区分は、税務会計とは全く別物であり、この基準がある事を多くの会計事務所はまだ知らない。そのため、会計の区分に対して、記帳代行業が対応出来ない可能性もあり、別に処理料金が発生する場合も想定される。
そのため、介護事業に精通している会計事務所を選ぶべきであり、今回の義務化を機に、その点をしっかりと見極める必要がある。
5.介護事業経営者にとっても有効な経営指標となり得る
しかしデメリットばかりでは無い。
介護事業者も、マクロデータを自事業所の経営指標と比較することで、経営課題の分析にも活用できる。介護事業経営の指標は、3年に一度実施される経営実態調査結果が最も充実している。しかし、この数値は、介護報酬改定前の数値であるため、改定後の経営状態の把握のための指標が存在しないという状況が続いていた。もちろん民間ベースの経営指標はあるのだが、事業規模別のデータまでは補完されていない。そのため、過年度との比較分析は可能であるが、同業他社との規模別比較や項目別に渡る詳細な経営分析が難しい状況である。
公表される情報は、M&A等の実務に於いても重要な評価指標となり得る。自法人の財務情報を、可能な限り詳細に本支店別、部門別に集計することは、将来のM&Aや事業譲渡、不採算部門の撤退などを検討するための重要なエビデンスとなるのだ。
正式な通知は2024年になってからになります。2023年12月時点では「e-GOV」のパブリックコメント内にある「介護保険法施行規則の一部を改正する省令案について(概要)」をご参照ください。
小濱 道博 氏
小濱介護経営事務所 代表
C-SR 一般社団法人介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 顧問
昭和33年8月 札幌市生まれ。
北海学園大学卒業後、札幌市内の会計事務所に17年勤務。2000年に退職後、介護事業コンサルティングを手がけ、全国での介護事業経営セミナーの開催実績は、北海道から沖縄まで平成29年 は297件。延 30000 人以上の介護業者を動員。
全国各地の自治体の介護保険課、各協会、介護労働安定センター、 社会福祉協議会主催等での講師実績も多数。「日経ヘルスケア」「Vision と戦略」にて好評連載中。「シルバー産業新聞」「介護ビジョン」ほか介護経営専門誌などへの寄稿多数。ソリマチ「会計王・介護事業所スタイル」の監修を担当。