・業務継続計画BCP策定とは…

令和3年度介護報酬改定に於いて、全ての介護サービス事業者を対象に業務継続に向けた取組の強化が義務化された。令和6年4月からは、業務継続に向けた計画等の策定(BCP)、研修の実施、訓練の実施等が義務となる。未作成の場合は、運営基準違反として指導対象となる。研修の実施、訓練の実施において、定期的(在宅サービスは年1回以上、施設サービスは年2回以上)な研修と訓練を開催して記録しなければならない。3年の経過措置期間が設けられたが、すでに残りの猶予期間は1年を切っている。対応を急ぐべき時期になっている。

1.何から始めればいいのか?

以下の3点が初動にて必要である。

(1)事業所所在地のハザードマップを取る。

2021年8月3日、静岡県の熱海市で大規模な土石流が発生して大きな災害となった。あの土石流は、熱海市のハザードマップ通りに発生したものであった。ハザードマップは、地震、洪水、液状化、土砂崩れ、津波、高潮、火山噴火などの自然災害毎に作成されている。地図上に、リスクの高さにとって色分けされているのが一般的で、同時に避難所の位置も明記されている。BCPの作成では、地域のハザードマップを入手することから始めよう。

(2)ハザードマップの入手方法

ハザードマップは、自治体のホームページで公開されている。住所などで地域別に細分化されている。施設・事業所の所在地だけでは無くて、地域全域のハザードマップを入手しよう。職員の出勤や、利用者の送迎を想定したリスクの確認も必要だからである。施設が比較的安全であったとしても、通勤や送迎で障害が起こる。また、食材や資材の搬入にも支障が想定される。訪問サービスであれば、利用者の所在地でのリスクの確認も必要となる。河川の氾濫で橋が決壊して、移動が制限される地域もある。まずは、地域全体のリスクを確認することから始める。ハザードマップは、自治体のホームページ以外でも、多くのポータルサイトで提供されている。

・国土交通省が運営する、「ハザードマップポータルサイト」
https://disaportal.gsi.go.jp/

(3)地震ハザードマップ

全国版のハザードマップに、30年の間で震度5強以上の地震に見舞われる確率の分布図がある。この図を見ると、太平洋側の大部分は最も高い確率とされている。これは、西日本は南海トラフ地震、東日本は直下型地震のリスクがあるからだ。しかし、日本海側や北日本は比較的リスクが低いように見受けられる。しかし、2021年2月13日宮城県南部で震度6強、宮城県北部、宮城県中部で震度6弱、福島県会津、栃木県北部、栃木県南部で震度5強を観測した。また、今年5月5日、能登半島で最大震度6強の地震が発生している。石川県は国内で最も地震の少ない地域であった。大きな地震が起こる確率は低いと言っても、ゼロではない。地震が多い国である日本に在住する限り、国内どこにいても地震への備えは必須である。

・地震ハザードステーションJ-SHIS
https://www.j-shis.bosai.go.jp/

2.作った後はどうすればいいのか?

(1)研修と訓練を実施して、定期的に見直すこと

事業継続マネジメント(BCM)において、文化の定着の方法として位置づけられているのが、研修と訓練の実施、実施後の定期的な見直しである。解釈通知においては、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施において、定期的(在宅サービスは年1回以上、施設サービスは年2回以上)な研修を開催して記録しなければならないとされている。BCPは完成しない。BCP委員会に於いて研修と訓練の度に、その検証を行って、BCPを見直す。いくら優れた計画であっても、いざという時に機能しなければ、それは単なる絵に描いた餅である。被災時にBCPが発動されたとき、職員がその内容を理解して、行動することで被災リスクを大きく減少させる事が出来る。

3.どうやって作ればいいのか?

BCPは、業務継続マネジメント(BCM)のサイクルで作成する。

(1)BCP委員会で作成を進める。

BCPの作成は全社で取り組むものである。まず、BCP委員会を設ける。構成メンバーは、各拠点、各サービスの管理者または責任者が委員として参画する。拠点が1拠点または少数の場合は、各部署の責任者等で委員会を構成する。

(2)事業を理解する。

基本的にBCPは、厚生労働省が用意したひな型の順に作成を進める。項目毎に、介護施設の現状を確認して、問題点をピックアップして行く。事業を理解するとは、介護施設をアセスメントして分析する作業を言う。そして、感染症や自然災害に被災したときの被害を、職員の出勤率などのパターンを幾つか想定して、その被害状況に応じて、継続する介護サービスの優先順位を決める。また、継続が最優先であっても、出勤率やライフラインの状況に応じて、提供出来る業務と、提供が難しい業務を事前に想定する。例えば、非常食や衛生用品の備蓄という項目であれば、現在の備蓄品を棚卸して一覧表を作成し、その品目毎に作成委員会で検討する作業を進める。

(3)BCPの準備、事前対策を検討する。

このプロセスでは、(2)でピックアップした問題点に対する、事前準備や対策を検討する。例えば、先の備蓄品という項目であれば、その備蓄量の根拠の確認と修正の必要の有無の確認を行う。不足すると判断された品目は、購入しておく。また、保管場所が適切かどうかも検討する。重量のある水のペットボトルなどを一階の倉庫に保管していた場合に、浸水被害が起こったときにどうするか。停電が発生してエレベータが使えないとき、少ない出勤者で、3階や4階と言った高層階にどうやって移動させるか等を、実際に被害が起こったことを想定して検討していく。そのような状況を想定して、検討した結果として、高層階については、事前に各部屋にペットボトルを2本配付しておく等の事前対策に行き着く。このプロセスでは、テーマによっては、委員が各拠点に持ち帰って、一般職員を含めての検討も必要になる。

(4)BCPを策定する。

(3)でまとまった事前対策や被災時の対応策をBCPに書き込んでいく。厚生労働省のひな型の項目に沿って、(2)から(4)のプロセスを繰り返し実行する。また、BCPを発動する基準を設定して、役割分担を明確にする。職員の参集基準や地域との連携も検討しなければならない。それらを厚生労働省のひな型に書き込んで文章化する。BCPの作成プロセスは、現状を分析して、対策を検討して、その結果をBCPにまとめる作業である。そのため、一人では作成出来ず、組織として取り組む必要がある。

(5)BCPの文化を定着させる。

作成されたBCPは、非常時に発動して速やかな対策を実施することが役割である。BCPの内容を全ての職員の身体に染みこませておくことが必要だ。そのために、定期的な研修と訓練を実施する。厚生労働省の通知では、介護施設は年2回、在宅サービスは年1回とされている。これを繰り返し、繰り返し、全職員で実施することで組織にBCPが定着する。

(6)BCPの維持、更新を行う。

研修と訓練を実施すると、頭の中で考えた対策や方法とのギャップが出てくる。「これはチョット違う」「もっと良い方法がある」等である。BCPは研修と訓練を終える度に見直し作業を行う。そして、最初のBCMの事業を理解するに戻る。これが、BCMのマネジメントサイクルである。

4.BCP作成のポイント

よりよいBCP策定のために作成のポイントをつかんでおくことが重要である。

(1)BCPは職員第一で作成する。

クラスターが発生した介護施設が壇上に上がって体験発表を行い、複数の施設と医療チームとのパネルディスカッションを行う企画があった。私も、感染対策業務継続計画(BCP)の作成についてのパートで講演を担当させて頂いた。そのディスカッションで、医療機関の医師は、一番大切なのが職員の一人一人、次に介護サービスを提供する組織であり現場、最後に生存者だと言ったことが心に残った。幾ら徹底した感染対策をしても、クラスターが発生した場合、まずは自分自身を守ることを最重要と考えるべきである。職員一人一人の安全を確保出来てこそ、介護サービスが提供出来る。次に、介護サービスは個人プレーでは無く、チームプレーである。しっかりと組織としてのマネジメントが機能していてこその介護サービスである。職員の一人一人が安全で健康であり、組織が機能していれば、利用者へのサービスは継続出来る。職員が倒れてしまうと何も出来ない。ましてや、新型コロナに感染し、職員の複数に症状が出ると数週間は何も出来ないこととなる。この考え方は、感染症BCPだけでは無く、自然災害BCPにおいても同じである。

(2)利用者個々人の対策は盛り込まない。

BCPを作成する時、利用者一人一人の状況を検討して、特に重度者の安否確認の手段、避難方法や備蓄品について検討を進めるケースを見かける。ケアマネージャーとしては当然ではあるが、こと、BCP作成に於いては陥っては行けない脇道となる。先に記したように、BCPの対象範囲は、職員と組織体制の維持である。職員の一人一人が安全で健康であり、組織が機能していれば、利用者へのサービスは継続出来からだ。利用者個々人の対策は盛り込んではいけない。利用者一人一人の対策の検討は、ここでは必要無いことを理解頂きたい。

(3)BCPは少ないスタッフで如何に業務を続けるかが検討の中心

実際、介護施設が被災した場合、事前にBCPなどで検討した内容と大きな違いが生じることも珍しくない。介護施設における最大の経営リスクは、職員の多くが出勤出来ない事態に陥ることにある。出勤可能な職員は、通常業務以外に何役も熟すことが求められる。その時、どのように出勤出来た職員で役割分担を行って、業務を継続するかを考えるのがBCPである。利用者の安否確認においては、担当事業所と役割分担を行って、安否確認をすることも事前に検討する。また、通所サービスなどが休業を余儀なくされた場合に備えて、事前に訪問サービスへの移行などを検討する。

(4)メンタルやストレスケアも重要な課題である。

パネルディスカッションで、殆どの施設が訴えていたのは、職員のメンタルケアの重要性である。特に介護施設の職員は、自らが被災者であると共に、救援者でもある。二重の立場に居ることで感じるストレスも計り知れない。これを放置すると急性ストレス反応から PTSD、うつ状態、アルコール乱用等の状態を招く可能性があり、組織の疲弊・劣化 につながるとされる。セルフケアの研修を日頃から定期的に行うなどの教育的介入(予防)が重要とされている。これらのストレスやセルフケア関連の研修などを、BCPの平常時の事前対策に盛り込むことも重要であると痛感させられる。

(5)BCPは最悪の状況に陥ることを想定して危機感を持つことが重要

令和3年度介護報酬改定で全サービスに義務化されたBCPは、自然災害と感染症の二つである。いずれの場合にも、組織や職員個々人の危機感が問題となる。過去に自然災害の被災経験をした事業所は、経験値があるため比較的作成は容易だ。しかし、多くの場合、被災経験は無いに等しい。この場合、適切なBCPを作ることは難しい。幸い、今は多様な体験談や事例がインターネット上にも公開されていている。そのような情報を積極的に職員と共有しなければならない。昨年3月16日には、東北地方(福島県沖震源)で最大震度6強の地震が発生して東北新幹線が脱線した。そして東北や北陸地方での集中豪雨と洪水被害も大きな被害をもたらした。毎年、全国各地で大きな自然災害の爪痕が残っている。改めてBCP作成の重要性を再認識した経営者も多いだろう。

(6)BCPは永遠に完成しない。作成完了時がスタートである。

BCPは頭で考えた対策である。実際に、研修や訓練で体験する現実とではギャップが大きいことが多い。その為、BCPは研修や訓練後に見直しを行う必要がある。BCPは永遠に完成しないことを知って頂きたい。BCPの作成が完了した時点からスタートするのである。同時期に義務化された感染症対策や高齢者虐待防止措置の指針は、作って置いておけば完了である。そのひな型は、インターネットを検索すれば、いくらでも出てくる。殆どを、そのコピペで作っても形になる。しかし、BCPは結局は自分たちで知恵を出し合い。皆で検討しながら作り込んでいく必要がある。ただ先に書いたようにBCPは永遠に完成しない。BCPのひな型が厚生労働省から出ているが、後半になると一気にハードルが上がる。地域との連携や共同訓練などが検討テーマになるからだ。ハードルの高い項目は、後日の検討や削除でも問題は無い。「出来る範囲で」「ザックリとでも良い」から、「一先ず完成させること」が重要だ。そうして、定期的に研修と訓練を実施して、BCPを肉付けして、バージョンアップさせていく。他の事業所と共有して、お互いのBCPを補完し合うことも良いだろう。他の事業所での作成経験が豊富な専門家にアドバイスをもらうことも有益だ。BCPを常にバージョンアップさせるという認識が大切である。

著者プロフィール

小濱 道博 氏

小濱介護経営事務所 代表
C-SR 一般社団法人介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 顧問

昭和33年8月 札幌市生まれ。
北海学園大学卒業後、札幌市内の会計事務所に17年勤務。2000年に退職後、介護事業コンサルティングを手がけ、全国での介護事業経営セミナーの開催実績は、北海道から沖縄まで平成29年 は297件。延 30000 人以上の介護業者を動員。
全国各地の自治体の介護保険課、各協会、介護労働安定センター、 社会福祉協議会主催等での講師実績も多数。「日経ヘルスケア」「Vision と戦略」にて好評連載中。「シルバー産業新聞」「介護ビジョン」ほか介護経営専門誌などへの寄稿多数。ソリマチ「会計王・介護事業所スタイル」の監修を担当。

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