目次

  1. 10月1日から、すべての事業者が対象になる
  2. カスハラとは何を指すのか
  3. 認知症の症状との切り分けが介護の難しさ
  4. 法律が求める措置の5つの柱
  5. 事業所で実際に整える実務
  6. 利用者・家族にも方針を伝える
  7. 対応しなかった場合のリスク

1.10月1日から、すべての事業者が対象になる

2026年(令和8年)10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、カスタマーハラスメント、いわゆるカスハラへの対策が事業主の義務となる。これまで介護の運営基準では、カスハラ防止の方針を明確にすることは「望ましい取組」にとどまっていたが、ここからは法律上の義務に変わる。対象は労働者を1人でも雇用するすべての事業主であり、法人の種類や規模による猶予はない。職員が数名の訪問介護事業所や小規模デイサービスも例外ではない。介護保険法ではなく労働法側からの義務であるため、指定基準の改正を待つ必要はなく、すでに確定した義務である。

2.カスハラとは何を指すのか

法律上のカスハラは、顧客等の言動であること、業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えていること、それによって労働者の就業環境が害されること、この3つをすべて満たすものをいう。介護でいう「顧客等」には利用者本人だけでなく家族も含まれ、「職場」には職員が業務を行っている利用者宅も含まれる。行為としては、暴力、暴言、脅迫、性的な言動、著しく過剰な要求、長時間の拘束などが典型である。一方で、サービス内容への正当な苦情や改善の求めはカスハラではない。正当な苦情と許容範囲を超えた言動を区別して受け止めることが、出発点となる。

3.認知症の症状との切り分けが介護の難しさ

介護が他産業と決定的に違うのは、利用者の言動が認知症の症状や疾患、痛み、薬の影響から生じている場合があることである。暴言があったから直ちにカスハラ、叩かれたから直ちに契約終了、という機械的な判断は適切でない。まず本人の状態や経緯を確認し、ケアの見直しや医療との連携によって改善を図るべき問題なのか、それとも職員の安全確保のために組織として対応すべき問題なのかを検討する。ただし、背景に疾患があるから職員が何をされても我慢すべきだということではない。原因の分析と職員の安全確保は、両立させなければならない。

4.法律が求める措置の5つの柱

厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)が求めているのは、大きく5つである。第一に、カスハラを許さないという法人の方針と、どのような言動を問題と考えるのかを明確にし、職員に周知すること。第二に、相談窓口と担当者を定め、実際に起きた場合だけでなく、起きるおそれがある場合や判断に迷う場合でも相談できるようにすること。第三に、相談があったら事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害を受けた職員を守り、再発防止まで行うこと。第四に、特に悪質な事案への対処方針をあらかじめ定め、実行できる体制まで整えること。指針は警察への通報、警告文の発出、法令の範囲内でのサービス提供の拒否、施設への出入り禁止まで具体例として挙げている。第五に、相談者のプライバシーを守り、相談したことを理由に不利益な取扱いをしないと定めて周知することである。

5.事業所で実際に整える実務

まず、既存のハラスメント防止規程や対応マニュアルを確認し、カスハラへの方針と対応手順を文書化して全職員に配る。就業規則への記載が必ず必要とされているわけではなく、規程、マニュアル、社内資料、研修など、確実に伝わる方法であればよい。次に相談窓口を決める。小規模事業所では管理者が兼ねることになるが、管理者自身が当事者となる場合に備え、法人本部や外部の専門家という第2のルートも用意しておきたい。あわせて記録様式を作る。いつ、どこで、誰が、どのような言動を受け、どう対応したかを統一様式で残す習慣がなければ、後から警察に相談する際にも材料が残らない。研修も実施し、特に訪問系では実際の場面を想定した対応訓練を行うことが望ましい。

6.利用者・家族にも方針を伝える

職員に説明して終わりではない。契約書や重要事項説明書に、職員への暴力、暴言、脅迫、性的言動、著しく過剰な要求があった場合には、担当者の変更、複数人での対応、関係機関への相談、警察への通報などの措置を講じる場合があると明記しておく方法が有効である。これは法律が直接義務付けている措置ではないが、実務上の予防効果は大きい。既存の利用者についても、契約更新を待たず、法人の方針を文書で通知しておくとよい。ただし、介護には正当な理由なくサービス提供を拒んではならないという原則があるため、カスハラがあれば直ちに契約解除と一律に定めることには慎重さが必要である。

7.対応しなかった場合のリスク

措置義務違反に直接の罰則はないが、厚生労働大臣による報告徴収、助言、指導、勧告の対象となり、勧告に従わない場合は事業者名が公表される。報告をしない、または虚偽の報告をした場合は20万円以下の過料の対象である。むしろ経営上重いのは、労働契約法第5条の安全配慮義務である。職員からの相談を軽視して個人の問題として処理した、カスハラを行う利用者への対応を職員1人に任せ続けた、といった場合には安全配慮義務違反が問われ、損害賠償責任につながる可能性がある。

10月1日までに最低限確認したいのは、法人方針の明確化と職員への周知、相談窓口、発生時の報告と事実確認の手順、被害職員の保護、悪質事案への対応基準、プライバシー保護と不利益取扱いの禁止である。そのうえで介護事業では、利用者・家族への事前説明、訪問時の安全確保、記録様式の整備まで進めておきたい。カスハラ対策は、利用者や家族を排除するための制度ではない。正当な苦情には誠実に応えながら、社会通念を超えた言動から職員を組織として守る仕組みである。職員個人に我慢させる対応から、法人が責任を持って守る対応へ。10月1日の義務化は、介護現場のカスハラ対策を大きく転換する節目となる。

著者プロフィール

小濱 道博 氏

小濱介護経営事務所 代表
C-SR 一般社団法人介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 顧問

昭和33年8月 札幌市生まれ。
北海学園大学卒業後、札幌市内の会計事務所に17年勤務。2000年に退職後、介護事業コンサルティングを手がけ、全国での介護事業経営セミナーの開催実績は、北海道から沖縄まで平成29年 は297件。延 30000 人以上の介護業者を動員。
全国各地の自治体の介護保険課、各協会、介護労働安定センター、 社会福祉協議会主催等での講師実績も多数。「日経ヘルスケア」「Vision と戦略」にて好評連載中。「シルバー産業新聞」「介護ビジョン」ほか介護経営専門誌などへの寄稿多数。ソリマチ「会計王・介護事業所スタイル」の監修を担当。

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